Go for it !

投稿者: | 2020-12-24

 「背中で語る」ということがあると思う。置かれた状況を嘆き不平不満をぶつけ合うより、口数は少なくても黙々と行動していく姿を、背中を見せることで仲間を導いていく人物の物語は見習うべき良い話としてよく取り沙汰される。私もそういうのがカッコいいと思っている。憧れる。言葉をいくら並べても一つの行動の説得力に敵わないことは良くあると思う。また行動して得た経験に裏付けられた言葉は人の心を動かす力を持つ。“背中で語る人”が放つなにげない一言はきっと重い。私もそういう深みのある言葉を増やしたい。


 映画監督を目指してカナダのトロントへ渡り、結局は夢破れて帰ってきた。向こうでは映画・ビデオ産業は本当に盛んで、その道の大学や専門学校を卒業してからさらに2,3年はただ働きをして修行し、それでもその後プロダクションなどに雇ってもらえるかどうか保証はないという、就職するには相当な狭き門の世界だった。私は大学の“その道”とはだいぶ筋違いの文学部を卒業し、かつ英語もままならないという状況で、そういう人たちに交じって映画スタッフの仕事をもらうというのは相当強力なコネでもない限り難しかった。でももちろんただ働きだったが、友達の友達が映像監督の仕事をしていて紹介してもらい、何とか現場に潜り込ませてもらったことがあった。天にも昇る気持ちだった。「やった!これで道が開ける!!」。


 やっていた仕事と言えばトラックの荷台に載ってカメラ機材を運搬したり、スタジオの床を真っ黒にペンキで塗りつぶしたり、そして主にはスタッフが立ち寄るいわゆるケータリングブースで野菜を切ったりしていた。技術を学ぶなんてことはおろか、全く映像には関係の無い雑用ばかりが仕事だった。向こうでは「ゴーファー」と呼ばれていた役目。「Go for it !」をもじったちょっと差別したような単語だと思う。「とにかく行けと言われたら行け」みたいな意味だ。メインカメラマンの様子をジッと窺って、わずかでも隙があるとドリンクを差し出したり、止めろと言われるまで一心不乱に何時間もペンキを塗り続けたり、命をかけて真剣にピーマンをカットした。セットチェンジの声がかかると何をするべきか全然分からなかったが、とにかくセットに飛び込んで見よう見まねで手伝った。持てる全神経を集中して、人生で一番集中して、このチャンスを手に入れようと力んだ。休憩時間に一人で休んでいた時、その友達の友達の監督が大丈夫かと声をかけてくれた。めちゃくちゃ嬉しかった。次の仕事、TVコマーシャルの仕事をする機会をまたその人からもらった。初めて会うスタッフに私を紹介してくれた時、「こいつはトロントで一番の働き者の僕の友達だ」と紹介してくれた。涙が出た。


 本当に拙い英語しか使えていなかったと思う。話せないのだから寡黙ということは違うが、あの時私は背中で語っていたんだと思う。それを聞いて(見て)くれていた人がいたということだ。現場の片隅であるいは現場の外で、必死にスナックを用意している日本人を見てくれていた。結局は帰ってきてしまったがあの時の思い出や熱い心が色褪せることはない。懐かしく自分を誇りに思える数少ない経験の一つだ。あの時私は間違いなく作品を創った一員だった。


 結構いい話じゃない?

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