ペラペラ

投稿者: | 2021-01-20

 カナダ時代、もう25年も前の話になる。ギャラが出ない撮影の仕事がまたあった。ロケが終わり何班かに分かれて車で移動し、一番下っ端の私たちがたまたま先に到着していた。ディレクターたち、つまり偉い人たちを乗せた車がどういうわけか随分遅れて最後に着いた。私はその偉いさんたちに、一応友達の友達だったので、親しみを込めて「どうしてこんなに遅れたの?」と聞いた。聞いたつもりだった。ところが私の言葉を聞いた途端に彼らの顔色が一様に変わったのが分かった。「何様のつもりだ!?」のような、私の発言を聞いて怒った雰囲気だった。「何かマズいことを言ってしまったのだろうか」とかなり焦った。

 私は「What’s going on ?」と言った。すぐ後に指摘してくれて、そういうときは「What’s happening ?」と言うべきだそうだ。What’s going on ?だと、言われた人は「どうなってんだ!?」と文句を言われている印象を持ちやすいそうだ。まぁ言い方にも依る部分はあるかとも思うが、冷や汗をかいた。英語を使って働くことの難しさとリスクを肌で感じた経験だった。他方でネイティブの人たちを怒らせたのは多分初めての経験で、少なくとも咄嗟に出た私の英語が文法的にも正しく、発音がちゃんと聞き取られ、相手の感情を刺激した事実は多少の自信をもたらした。可能な限り全神経を研ぎ澄ませて、あらゆる刺激から何でも学び取ってやろうと必死に生きていた。

 ハンバーガー屋さんで「Could I have a cheese burger, please?」といつになく流暢にオーダーできたことがあった。我ながらカッコ良かった。一緒にいた英語の先生であり友達でもあるカナダ人が「今のはほとんどネイティブと変わらなかったぞ」と発音を珍しくとても褒めてくれた。それなのに出てきたのは、もうすっかり忘れてしまったが、ベーコンバーガーだったか何か違う種類のハンバーガーだった。私はチーズバーガーだって言ったじゃんと主張したが店員のお姉さんは言わなかったと譲らなかった。結局そのカナダ人の友達が助け船を出してくれたので念願のチーズバーガーにありつけたが全く釈然としなかった。私が言ってもぜんぜん受け付けないのに、友達が言ったら彼女はすぐに非を認めた。私がアジア人だから間違えたんだと軽い人種差別的な先入観がお姉さんにあったのか、それとも私の発音が普通に自然だったので印象に残らなかったのか。もちろん単純な勘違いだった可能性が最も高いだろう。でも言葉が違う国で生活するということはそういうことだ。ちょっとしたことがあった時に差別や偏見が相手の中にあるかもしれないと疑念を持ちながら生きることを強いられる。根性の座っている人はそんなことは気にしないのかもしれない。けれど嫌なのにそう思わされる小さな出来事はたくさんあった。

 仕事場への毎日の行き帰り、車中で英会話のCDを聞いて自分でレッスンしている。全24スキットの内、今17スキットまで進んだ。耳はだいぶ良くなってきていると思う。家で英語の曲を聴いていると歌詞の意味が突然分かってしまい、それまで何の気なしに聞き流していた曲が胸に迫ってくるようになってきた。分からないでいいものは分からない方がいい時もある気がする。意味が分かってしまうとBGMになりにくい……。またあまり内容が深くないアメドラのアクションものを字幕無しで観るようにしている。英語への憧れは今なお強く生きている。

 でもあのお姉さん、可愛かったんだよねー。

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