扇動

投稿者: | 2021-02-15

 政治家や芸能人などの有名人が引き起こした事象に対して、インターネット上で名指しで批判するのは憚られる。好きじゃない。何か卑怯なような気がする。本当に頭に来て意見しなければ気が済まないなら直接言うべきじゃないか。どうも「直接の連絡先が分からないから」と言うよりは、自分のストレスのはけ口としてネット上で悪態をついているように見える。ただ私の好き嫌いの問題であるし、言論の自由ということもあるので他の人が書いていることにとやかく言うつもりはない。あくまでも私は嫌だということだ。

 ダウンタウンの松本さんの番組で「ワイドナショー」がある。私はいわゆる「ワイドショーネタ」には全く興味が持てなく、大好きな松本さんが出ているという理由だけで毎週観ているのだが、さすがに昨日は観ていて辛かった。ある芸能人のご家庭の個人的な親子問題が取り上げられ、出演者があれこれと意見を述べていた。「これがいちいちテレビで論じられるべき問題なのか」と、その不毛さに絶句した。どうでもいい……。ところがこの話題は複数の有名週刊誌で取り上げられ、平日の午後に各局で放送されるワイドショーでも散々報道されたと言うことらしい。世間の注目度が高いのだ。他人の家のことは放っておいてあげたらいいのに。

 一昨日の夜と昨晩の2回に分けて、映画「ゴーンガール」を観た。私が最も好きな映画ベスト3の内の一本である、「セブン」の監督が作った映画だったので期待度は高かった。内容は刑事物のセブンとは全く異なっていて、基本的には「アメリカの片田舎に住む、子供がいない、一見普通の若い夫婦」のストーリーだった。妻役は異常な精神疾患をもっているような設定だったが、この映画で私が注目したのは、この夫婦を取り巻く社会のリアクションの不安定さだ。恐らく監督の意図も妻役の狂気より、そちらの方に重きを置いたのではと窺える。いかに世の中の人々、「社会」が些細な情報に左右されやすく脆いものかという警告がこの映画には隠れていると思う。ワイドショーが伝える内容に大衆の態度が日替わりでコロコロと変容し、人気キャスターの発言はまるで大統領よりも影響力があるように描かれていた。これはアメリカの中での話だったが、私は日本でも同じなのかなと思う。

 「平和ボケ」と口が悪い人が言う。人間というものは、なんと他人の家・生活に興味があることか。平日の日中になると、どのチャンネルを観ても金太郎アメのように芸能人のゴシップ話や、政治家、スポーツ選手など有名人のスキャンダルネタで盛り上がっているようだ。もっと大切な考えるべき、話し合うべき内容は他にたくさんあるように思うのだが、そういうネタを取り扱う方が番組の視聴率が上がるのだろう。大勢が観ると言うことはある意味で正解なのだと思う。口惜しいが仕方がない。そういう世の中で私たちは間違いなく一緒に社会を構成しているのだ。問題はそこでどう生きるかだ。立候補して議員さんになって人々の関心をもっと大切な別の方向へ向けるために努力するも良いし、映像制作者になってもっと面白い上質の番組を作るも良いし、ネット上で自分の考えを主張し同じ志を持った人間たちで行動を起こすも良いし、もちろん何もしないでスキャンダル話に一喜一憂してもいい。それぞれの自由だ。ただ腹いせのようにネット上で個人攻撃をするのは、私は違うんじゃないかと思う。

 週刊誌ってちゃんと読んだことないんだよね。

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