リユース物語

投稿者: | 2021-03-03

 今から20数年前のサラリーマン時代のある日、勤めていた映像プロダクション会社の社長から、とあるレンタルビデオ店の前に捨てられているVHSテープの空ケースを拾ってこいと言われた。入社して間もなかった私は、特に何も考えずその指示に従った。車で向かう途中ちょうどタイミング悪く夕立にあい、土砂降り状態になってしまった。到着して、大きな段ボール2箱にそれぞれいっぱいに入った空ケースを、その強い雨から守るように、人目を避けるように、そそくさと回収し社に戻った。当時VHSテープはまだ一般に流通していた主流の媒体で、お客様と仮編集やデモテープをやりとりする時に、中古品でも空ケースはいくらあってもよかった。正式な納品用には使えないが、そういったサンプル用には非常に有用だった。社長が経営者として、無料で備品を調達することができ、それを営業活動に役立てる事ができたらこんなに良い事はない。経費削減はもちろん利益率の向上にも寄与できる。ゴミを拾いに行かされる社員の気持ちを気にして、指示を躊躇するなんてナンセンスだ。社長は正しい判断を瞬時に下した。間違いない。

 社に戻って、捨てられたあげくに雨でずぶ濡れになった空ケース君たちを、ひとつひとつ丁寧にタオルで拭きながら、悔しさに打ちひしがれた。営業職で入社した私は一日も早く仕事のやり方を覚えなければならない焦りと、何よりも“仕事”を獲ってこなければならないプレッシャーでいっぱいいっぱいだった。当時私は31歳。即戦力として期待されていた。でも「初めまして、新人の営業です」と言って、そう易々と仕事なんて獲れるもんじゃない。最初の頃の成績は悪かった。そんな私に「どうせ仕事獲れないんだったらゴミでも拾って貢献しろ」って、本当にそう言われたわけではないけれど、そういう事なんだろうなと卑屈にも考えてしまい、孤独感に押し潰されそうだった。「いつか絶対見返してやる!!」。

 独りで拭き続けていると、あるビデオカメラマンの先輩がそっと近寄ってきて、何も言わず手伝い始めてくれた。私のそんな気持ちを知ってか知らずか、とにかく一言も発せず黙々と手伝ってくれた。ありがたかった。胸がいっぱいになって何か言うと泣きそうだったので、私も黙って作業を続けた。あの先輩の優しい心は決して忘れない。

 彼が亡くなってもう10年が経つ。入社当時は研修の意味も含めて、私がアシスタントとして彼に付き、毎日のように撮影に出かけた。早朝に二人で社を出発し、行く当てもなく車を走らせながら、「春」を撮りに出かけたこともあった。あまりにも漠然とし過ぎて非常に難しいミッションだった。その時は雪山をバックに、ちょろちょろと雪解け水が流れる小川の脇に咲き並ぶ「ふきのとう」を撮影した。キツくて楽しい時間だった。昼間に一生懸命撮って、夜は一緒によく飲みに行った。とても気が合う先輩だった。様々な知識と技術を教わり、彼がいなかったら今の私は恐らくいない。恩返ししたいと思っても、彼に直接はもう難しいけれど、誰かがもし濡れたDVDケースを拭いていたら、そっと手を伸ばして助けてあげたい。

 決して一人でここまで来られたわけではない。

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