厳しさと優しさと

投稿者: | 2021-03-21

 17、8年ほど前、私は映像プロダクション会社を辞職し、一人で会社を立ち上げた。ちょっとした芸術家気取りの気持ちがあった。それまでのサラリーマン時代は、お客様からお金を頂戴して、会社紹介や商品PR等、そのお客様のためのVTRを制作していた。しかし私の中でそういう仕事の仕方に疲れ、情熱が遠のいていくのを感じていた。「自分の創りたいものを創りたい」欲求がとても大きく育っていた。
 元々は映画監督志望であったから、夢から抜け切れていなかったのだと思う。さりとて独立してしまったからには、自分で食べていかなければならない。誰も給料の補償等してくれはしない。つまり売り上げが計算できる範囲で、創りたいものを目指す必要があった。

 私の一つの答えは素人参加型の「合コン番組」を創ることだった。いわゆる“ねるとん”ものだ。あの企画に少しアレンジを加えて5vs5の男女対抗形式で合コンをしてもらい、ヤラセなしでその様子を収録・編集し番組にするという計画だった。
 上出来のデモ番組が出来上がった。ヤラセなしなので、その時の出演者のお陰でたまたま面白い仕上がりになったのかもしれないが、自分で何度観ても楽しめた。この企画で、あれ以上の仕上がりは難しいと思う。これならスポンサーについてくれる企業は必ずあると確信した。
 合コンシーンでは出演者にお酒を飲んでもらうため、お酒メーカーに売り込みやすいし、会場になる施設ともタイアップできると踏んだ。地元の人たちに出演してもらうので、地域活性化に貢献できる面もあったし、自治体や各種団体にも売り込めるとの計算があった。何より男女の出会いを創出できる点で、少子化問題解決の一助になれる可能性だってあった。もしかしたらこの仕上がりの面白さに、テレビ局も腰を上げてくれるかもしれない。夢はどんどん広がった。これが成功して基盤づくりができれば、そのあとに続く、本当に創りたいものを創る、映画を創るという夢を目指せるかもしれない。

 結局その“素晴らしい”デモ番組が電波に乗ることは無かった。今考えれば…、止めておく。スポンサーを探し求めている時期に、ある会社の社長さんが、「うちがスポンサーになるのは難しいけれど、知り合いの会社を紹介してあげるよ」といって、随分親切にしてくださった。紹介先へご挨拶に伺う時に、ご自分の激務をかき分けて、同行さえしてくれた。返って恐縮したが、私は何とかスポンサーを獲得しようと、構わず必死に営業トークを展開した。あの時期、行く先々で随分悔しい思いをしたが、それよりもあの方の心というか、私に寄り添ってくださった姿勢が一番印象に残っている。私もああいう人になりたい。

 なぜ私がそこまでその方に惹かれたかと考える。優しさなのか、仁義なのか、責任感の強さなのか、男気なのか。恐らくそれら全部で、まだ列挙し切れていない。そしてそれらの裏にある背景が肝心かなめの要素なのだと思う。「自分のため」ではないこと。私がスポンサーを獲得できたとしても、彼にとって一銭にもならないし、彼の会社にとっても何の利益も生み出さない。でもそんなことを顧みない彼の姿勢が私には刺さった。
 人の心を動かすのは、何も大きな仕事をする人に限らない。日々の営みの中で起こる些細な出来事にも、ちゃんと“感じて”生きたい。

 あの方には、会わずとも、毎年の贈り物だけは欠かさない。

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