水中花

投稿者: | 2021-05-28

 「ピンクレディー派」か「山口百恵派」かに大体分かれていたかと思う。小学校高学年くらいの時の話。「キャンディーズ」はもう少し上の世代が騒いでいたようだが、あまりよく分からない。テレビの世界で読売巨人軍の野球中継がドル箱だった時代、歌謡番組もなかなかの人気だったと思う。でもまぁピンクレディーをトップアイドルへ押し上げたあの爆発的な熱狂は、並み居るアイドル達の群を抜いて凄まじいものがあったと思う。表だって好きというのは恥ずかしかったが、まぁ好きだった。
 10年程前だっただろうか、偶然に地元の駅前で、タクシーから降りてきたミーさんに出くわしたときは心底びっくりした。その時の彼女の美しさがどうのこうのではなく、レジェンドに会ってしまったという事実に痺れた。どちらかと言えばケイさんの方が好きだったのだが……。

 みんながピンクレディーか百恵さんかの議論を戦わせている中、私はちょっと距離を置いていた。実は私には少し異質の本命が別にいたのだ。ちょっと言うのが恥ずかしくて、なかなか友達には言えなかったのだが、何かの拍子にバレてしまった。私が松坂慶子さんに夢中だったことを。妖艶以外の何者でもなかった。美人と言ったら松坂慶子。すごい綺麗な人だと思っていた。女優として有名な方だが当時は歌も歌っていて、網タイツのようなセクシーな衣装にかろうじて身を包み、とても親とは一緒に観られないような雰囲気を、ブラウン管からお茶の間に打ち放っていた。「ザ・女」という感じだった。

 あれから40年以上が経って、あまり日本のドラマは観ないのだが、たまたま歴史の勉強を兼ねてNHKの大河ドラマ「西郷どん」を観ていた時に、久しぶりに松坂さんを拝見した。松坂さんは西郷隆盛の母親役だった。「こんなに演技が上手かったっけ?」と失礼ながら思ってしまった。他の出演者が下手だったことはまずない。有名俳優さんたちに囲まれて、松坂さんの演技は飛び抜けて趣のある上物だったように私には映った。それこそ芸歴50年近いかもしれないベテラン女優さんに向かって、私が何か言うのは生意気もいいところだが、「今、お母さん役をやらせたら日本一だ」と本当に思った。
 「西郷どん」の後、続くようにNHKで出演した朝ドラでも、主人公の母役を務め、あまりにも自然な演技にびっくりして笑ってしまった。こんな凄い人が日本にいるんだったら、日本映画も世界でまだまだチャンスがあるんじゃないかと思わせてくれた。私にとってはただの綺麗な人でしかなかった方が、とてつもなく大きな存在に成長されて再び現れたのだ。

 映画やドラマを観ていて、出演者に強めの好意感や嫌悪感などを抱き、自分の心が動かされてしまったと気付いた時はいつも「あ~、持って行かれた~」と悔しい思いになる。「憎ったらしい~」などの“怒り”のように、普段はあまり抱かないネガティブな気持ちにされてしまった場合の方が敗北感が強い。演出の力もあるだろうが、基本的には私は演技をよく観ている方だと思うので、いわば私と役者の真剣勝負に負けた形だ。もっと“負け”の経験を増やしたいものだ。
 ストーリーは言うまでもなく大切で、しかしそれだけでは映画ではないのだろう。心に残る映画には出演者の技術と奮闘がいつも刻まれている。

 今の松坂さんも大好きです。

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