ホームシアター

投稿者: | 2021-09-09

 随分前の、たしか20年くらいも前の話。ある映画好きの先輩がいた。彼は映画好きなら誰もが夢見るだろう「ミニシアター」を自宅内に設置していた。ミニシアターと聞けばそれなりに洗練されたカッコイイ設備を想像すると思うが、そういう感じではなく、どちらかというと手作り感いっぱいの「よくここまで作ったなシアター」だった。

 かなり古い木造住宅の2階に、先輩のミニシアター兼自分の部屋があった。防音も何もあったもんじゃない、大きな音を出せばご近所まで筒抜けだっただろう。押し入れを開けると上の段にドデカい3管式のプロジェクターがこちらを向いていた。今では考えられない大きさのプロジェクターで、測ったら40kgあった。のちに私がそのプロジェクターを譲り受けることになるのだが、とにかく重くて運びにくく、まぁ~苦労した。一人で階段は運べなかった。
 赤・緑・青の光をそれぞれ放つ三本の筒を収めたその巨大な“箱”は、当時私には手の届かない高価な宝物に見えた。ちょっと壊れていたのは玉に瑕だったが。スクリーンは特に印象がなく、量販店などで調達した模造紙のようなシートを、天井から吊り下げただけのものだったかもしれない。
 一番は音まわり。先輩が自分で組み立てた左右一対のメインスピーカーを中心に、重低音を響かせるためのスーパーウーハーと、後方にリアスピーカーを設置し、音が部屋全体を回って臨場感が感じられるように組んであった。私はあまりその辺のことは詳しくないのだが、先輩は恐らく「なんちゃって5.1ch」を実現したのだと思う。これらが高そうなアンプに繋がれていた。
 その頃DVDはまだそこまで流通しておらず、「Laser Disc」というメディアがあって、たしかこの時もレーザーディスクを観たんだと思う。部屋のカーテンを閉め、暗くした中で映画を観た印象は、本当にそれっぽくて、どこにいるのかを忘れさせてくれる雰囲気があった。高級感からはほど遠かったが、贅沢で羨ましい環境だった。

 それからしばらくして先輩が新しいシステムを組むと言うことで、それらの機材を丸ごと私が頂戴することになった。私の狭い部屋にあの大きなプロジェクターを設置することはできなかったが、何とかスピーカーなどの音に関するものをねじ入れ、テレビに繋いで使うことにした。自分の部屋で使ってみるとその音の凄さがよく分かった。特にリアスピーカーが効果的で、先輩の部屋では気づかなかった臨場感というのか立体感というのか、一人で観ているのに後ろに誰かがいるのかと思ったほど、演者のセリフや生活音が回り込んで聞こえていた。恐いほどに。
 その環境下で映画「シックス・センス」を観てみた。ドアがパタンと閉まるシーンが何度かあったと記憶しているが、映画の中の出来事なのに、実際に私の部屋の後ろのドアが閉まったかと思って、何度も振り返ったのを覚えている。その前にも観たことがあった映画だったのに、全く違う印象を得た。ムチャクチャ恐かった。それ以後シックス・センスを観ようと思ったことはない。
 ホラー映画と呼ばれる種類の映画があるが、それまではあまり好んでみることはなかった。子供だましというか、観る人を単にビックリさせようと企んでいる演出に共感できないものがあった。しかしホラー映画が伝えようとする恐怖は視覚からだけではない。先輩は映画好きの私に、もっとさらに楽しむ方法を“体で”教えてくれたように思う。

 映画「ライト/オフ」を観た。引っ越してあのシステムを手放してしまった今、映画を観ながらあの現実感を味わうことはできない。そのことが惜しまれることを思い出させられた映画だった。「あの音環境があればもっと恐かっただろうに」。映画自体はストーリーもカメラワークもよくできていて申し分なく楽しめる内容だったが、それだけに余計に欲しがってしまう。そうでなくても夜のトイレのドアを開けるのにちょっとだけ躊躇したほど、ちゃんと恐く出来ていた。当たり前のようだけど、それって凄いことだと思う。ミニシアター、もう一度何とかならんかな~。

 あのプロジェクター、処分するの大変だったな~

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