少し季節はズレるが、先日お中元やお歳暮みたいな感じで、以前に大変お世話になった方、また現在もお付き合いいただいている方々に食べ物の贈答品を送った。手配を済ませ皆様の手元に届くまでの間、いつも幸せな気分になる。「喜んでくださるかな?」「喜んでくれるだろうな」等と何だかウキウキになる。小さな幸せ。実際お金もかかるし大変と言えば大変なのだが、そんなことを越えた嬉しさを感じられる。少しでもお役に立てるかな~という風に。長くお会いしていない方もいて、当然その方に思いを馳せる。お元気だろうか。
クールに考えれば、そんなことをする必要はない。実際に送ったからと言って仕事が増えたり、何かの便宜が図られたりするわけではない。見返りを期待するような、そういう関係で繋がっている方々ではないのだ。でも私は間違いなく恩義を感じているし、何より会わなくなった今でも関わりたいのだ。だから感謝の気持ちを“つまらないもの”に込めてお送りしている。そうしたいからしている。それでいい。
他にももう会わなくなった人たちはたくさんいる。私に関わって育ててくれた人たち。世の中に無駄なものが無いのなら、大っ嫌いなあの人たちも恩人だ。そう思うと人生、感慨深い。それらの人すべてとまた再会して交流を深めようとは思わない。手間を考えると現実的ではないし、そこまでの強いモチベーションはない。それにやはり相手はどう思っているか分からない。もう二度と会いたくない、連絡も取りたくないと、私との関りを拒絶されるかもしれないし、その危険を冒してでもトライする必要性は感じていない。無理強いするのも嫌だし。
しかしこのインターネットの時代、情報を発信するという繋がり方は“あり”なのではないかと思う。押し付けるのではなく、ホームページ上で見たい人が見られるような仕組み作りは可能ではないか。個人情報の扱い方に注意しながら、かつての仲間がどこで何をしているのかを紹介したり、また自分から例えば、「お店をしているので食べに来てくださ~い」のような告知があってもいい。他にも「同級生同士で結婚しました!」等々。出身の中学・高校・大学等の枠組みの中でもいいし、何か仕事関係の繋がりでもいい。こういった情報に誰かが反応して繋がりの輪が拡がれば、素晴らしいことではないかと思う。個人が個人の情報を提供するだけでは、どうしてもその人の関係者内だけの拡がりに留まってしまう。やはり取材して情報を集めるなり、誰かがある意味で“公の立場”に立って、みんなのために働かないと大きな輪にはならないのではないかと思っている。
お世話になった方々に恩返しをする形は、お中元やお歳暮を送ることだけには限らない。自分ができることの範囲で、損得を考えず、「皆さんのためになる」と信じられることに尽力できたら相当いい恩返しになるのではないか。返し切れるかは分からないが。
思い切ってトライしてみようかなと思う。失敗を怖がることは、気持ちは分かるが、必要ない。問題はやり続ける覚悟があるかどうかだ。
一回始めちゃったら、止められないよな~