可能性

投稿者: | 2021-12-01

 転職や移籍などをして環境を「変えたい」と思うことがあると思う。上司や同僚と気が合わないとか、社長が嫌いとか、社風が合わないとかという理由で嫌になることは多々あるだろう。仕事の内容そのものに飽きたり、興味を失ったりする場合もある。私も時々そういう思いに駆られる時がある。実際の毎日の業務の中でそういうことが無い方がおかしいくらいに思う。だってみんな頑張って我慢して仕事をこなしている部分は必ずあるから。そういうフラストレーションを発散、解消できずに溜め込んでしまうと爆発することもきっとあるだろう。そうなってしまっても全く不思議ではない。
 お給料や労働時間など、待遇面での不満もあるかもしれないが、一番は自分が必要とされていると感じられるかどうかではないだろうか。そこは大事だと思う。反対に言えば、経営者としては、そういった精神面でのケアを怠らなければ、従業員のモチベーションはある程度保てるのではないだろうか。甘いだろうか?やはり昇給などの具体的な措置が必要だろうか。もちろんそれができるなら、越したことはないのだが。一人一人何に重きを置くかは違って当たり前だとは思うが、頑張っていても評価されないことは誰にとっても非常に辛いことだと思う。

 嫌だなと思って、例えば嫌な人がいて、その人から離れたくて転職したとしても、恐らく次の職場でも別の嫌な人はいる。やりたくない仕事をもうしたくなくて転職したとしても、恐らく次にも別の嫌な仕事が待っている。逃げ切れはしないと思う。何かを変えたいと思ったら、自分が変わることが一番ではないだろうか。言い訳を外に作っていないだろうか。
 まず「自分は逃げていないか?」と自分自身に問うこと。逃げることが一番自分らしいやり方かどうかを問うこと。「逃げる」という行為自体を否定しようとは思わない。必要な時もあるだろう。でも今「逃げること」が最も相応しい解決方法かどうかを自分の心に問うこと。その時もし迷いが生じたら、一度グッとこらえて、次の日の朝元気に「おはよう」と声をかけてみること。誰にでもいいから、笑顔で自分から。敵は自分の中にいる。

 私はそうやって何とか踏みとどまってきた。嫌な思いもたくさんしたが、今はとても幸せを感じて生きている。仕事がもちろん人生の全てではないが、最も多くの時間を費やして過ごすものだ。「お金が稼げればどうでもいい」というはずがない。
 私は反対にそのままの状況・環境で「もっとできることはないか」と可能性を探った。まだあると見つけた時に、「できることがまだ残っているのに、それを分かっていて、チャレンジせずに逃げることが本当に自分らしいことか?後悔しないのか?」と自分に問うた。それが成功するかとか、意味のあるものになって評価されるかはまた別の問題ではあるが、その可能性に向かって歩み始めた時に私の中で新しい希望が見えたことは確かだ。今も少しずつその実現に向けて努力している。

 「あれが嫌だ」とか、「誰も認めてくれない」等と嘆くよりも、自分の可能性を追求していく方が生き甲斐をより強く感じられると思う。もしかしたら環境を変えることが功を奏すことがあるかもしれない。それは私には予測できるものではないが、もし迷いがあるのなら一度立ち止まって、今いる場所での可能性を探ってみて欲しい。結果的に上手くいかなかったとしても、自分らしく頑張っていれば、次の道は必ず開けると思う。

 神さまはきっと見ていてくださる

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