頑固じじいの卵

投稿者: | 2021-01-18

 なかなか物が捨てられない。「断捨離」という言葉が流行っているようだが潔くズバッと捨てられる人は羨ましい。まずいただいた物を捨てられない。よっぽど使い勝手が良く、私のニーズにあったものであれば遠慮無く使わせてもらうけれど、なかなかそういうケースは希だ。いざ捨てようと思うと何だかくださった人との関係も一緒に捨ててしまうようで思い切れない。年賀状などはみんなどう処理しているんだろう。またちょっとした思い出の品などは、「一応これは取っておこう」と残しておいても、しばらくするとどこにしまったかさえ覚えていないことが多い。取っておいて良かったというケースはほとんど無いように思う。反対に思い切って捨ててみた後で「何であれを捨ててしまったんだ」という痛恨の思いをしたことは強烈に覚えている。

 というわけで要らないものがたくさん重なっている我が部屋だが、肝心な物を無くしたことはほとんど無いと言ってもいいだろう。だいたいどこに何があるかは把握している。物に魂を置いてくると言うか、大事なものだと分かっていると手に取った時の印象とその時自分がどんな気持ちになったかをおぼろげに覚えていて、いざ必要になった時にそのイメージを思い出すことによって、片付けた場所の情景を思い起こすことができるような感じだ。きちんと整理ができる人に言わせると、こんなにゴチャゴチャしている中からよく見つけられるものだと感心される事がある。不思議なものでその辺は変に自信がある。

 私はもしかしたら“変に”記憶がいいところがあるかもしれない。「何でそんなこと覚えているんだ!?」と古い友人に言われることがある。思えば確かに些細なことをいつまでも気にしている場合があるように思う。よく言えば記憶力がいいし、悪く言えば余計なところまで気にしすぎる性分のようだ。20年前にサラリーマンをしている時はとても忙しかった。商品PRビデオやホームページ、学校紹介パンフレット、コマーシャル等々の制作を最高で7つ同時に営業担当していたことがあった。携帯でお客様と電話していると会社の電話から取り次ぎがあり、さらに違う回線が鳴るなどは茶飯事だった。制作のスタッフがその様子を見てびっくりして担いすぎじゃないかと心配してくれていたものだった。あんなにスッチャカメッチャカだった経験は後にも先にもない。そんな真っ只中だった時も含めて私はスケジュール帳やシステム手帳を一度も持ったことが無い。メモは取る。付箋紙などに約束時刻など簡単なメモを書いて目の前に貼り付けておくが、よく見かけるあの分厚い手帳を持ち歩いて営業を回ったことはない。自分が担当しているプロジェクトに関しては全部頭に入っている。或いは恐いもの知らずの稚拙な振る舞いなのかもしれないが、それが私のスタイルで余計な作業はできるだけしたくない。このスタイルのために失敗したことは一度も無い。

 癖というか、性分というか、スタイルというか。それはなかなか変えられるものではない。変える必要が無ければ変えたくないのが本音だ。いずれ記憶力に陰りが見えてきた時に“変更”を検討すればいいことかなと思う。はたまた陰った時が引き際だろうか。そうだとすれば可能な限りその時が来る日を先延ばしにしたい。生涯現役は未だ見えぬ夢の一つだ。

 捨てられないものが多いねー。

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