地球は回る

投稿者: | 2021-02-19

 コペルニクス的発想というのだろうか、「そう言われてみればそうだよな~」と、吉野源三郎さん著の「君たちはどう生きるか」を読んで思わされた。自分中心的な考え方、ものの捉え方を多くの人がしていると思う。私の母は非常にそういうところが強くて、自分の願うように世の中の事象を解釈してしまう傾向がある。確かめずに自分の判断だけで物事を扱おうとするのは見ていてとても危ういので、確認を促すがなかなか聞く耳を持ってもらえない。「自分もそういうところあるな」と顧みながら反面教師として母を見つつ、意外とそういう人って多いなと思う。

 「自分を中心に考える」ことは当たり前と言えば当たり前かもしれない。物事を考える時に、まず“世界”を意識し、自分を世界の一部として客観的に考え始められる人はどのくらいいるのだろう。ましてやまず他者の利益を優先に始動できる人はいるのか。私欲という表現はマイナスな印象が強いけれど、人は自分の利益になるようにまずは行動しないだろうか。私はそれがもっともだと思う。そこからスタートして失敗や失望、失恋、過ち、気づきなど、いろいろ経験して「世界に支えられて生きてきた自分」を初めて本当の意味で意識できる。私の“常識”として、そういったプロセスを通ってこないとなかなか本物のコペルニクス的発想は生まれてこないのではないかと思っている。だから高校時代からとか「人の為に働きたい」と目標を見定めることができる若者はとんでもなく凄いと思う。見定めたその後に大変な人生が待っているのかもしれない。しかし直感的なのか、あまり経験を重ねていない時分に「使命」のようなものに目覚めてしまう偉業には本当に敬服する。私には出来なかった。

 この本は古く1937年に発行された本で、戦後何度か変更が加えられ、近年には漫画化されるなど今でも多くの人から読まれているそうだ。自己啓発本の類いに入るのだろうか、とても読みやすく読みながら「う~ん」と目から鱗が落ちるような箇所がたくさんあり感心してしまった。私の両親が生まれるより10年も前に書かれた本に、今私が出会い、心を動かされている。私が使う毎度お馴染みのフレーズで恐縮だが、「時が満ちた」としか言いようがない。時が満ちて神さまが私をこの本に出会わせてくれた。それは私の“出会う準備”が整ったからだ、と信じている。正直もっと若い時に読んでいればと思わないこともないけれど、「今じゃなきゃダメだったんだ」と本当に思う。神さま、ありがとうございます。

 先人たちが残してくれた偉大な知恵の数々を私は53歳になっても全然知らないのだ。何ともったいない人生だ。この本には「生まれて0からみんなが始める繰り返しでは、ここまでの人類の進歩はなかった」と書いてある。積み上げられた知恵・知識の恩恵に預かって、そこから“いんちきスタート”できる恵みに感謝しよう。そしてさらに良質な遺産を後世に残していかなければならない。生命の危機が叫ばれて久しいこの美しい地球を育み続けるためにも。その使命において、いつから始めても「遅い」ということはないはずだ。今までの経験に誇りを保ちながら。

 地面が動いてる知った時はびっくりしたな~。でもホントに動いてるの?

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください