Xデー(その3)

投稿者: | 2021-05-23

 運命のXデーまであと二日と迫った日に、当該の運送会社のドライバーに会うことができた。お客様のところに別の荷物を配達に訪れていたところを捕まえた。そして事情を話し、二日後の午前中に配達予定の荷物を、特別に最優先で、朝一番で持ってきてくれないかと頼んでみた。20代半ばから後半くらいの、細身で優しそうな男性ドライバーの答えは、「難しい」ということだった。当日どれだけの荷物が誰宛に届くかは予想すらできず、善処はするが、約束はできないということだった。当然であろう。運送会社にしてみれば、私に「特別に」配慮する必要は何も無い。彼は忠実に役割を全うしようとする、組織の中の一従業員でしかない。
 しかし私はまだまだ諦めない。私が集配センターへ直接引き取りに行ったらどうか?と聞いてみた。ドライバーの見解としては、午前中の配達予定であれば荷物はその日の早朝には到着しているはずだから、7:30過ぎには用意できるはずだということだった。まさに光明が差した。「これで間に合う。いや、間に合わないわけがない」。

 ところが光は間もなく輝きに陰りを見せ始めてしまう。ドライバーの見解と運送会社の受付システムとには乖離があった。電話で運送会社に問い合わせ事情を説明し、直接引き取りに行くから荷物を配送に回さず留めておいてほしい旨を告げた。ところが受付の女性が言うには、取りに来るのは構わないが、荷物を出せるのは9:00か遅ければ10:00頃になるとのこと。10:00では厳しい。その時分にならないと、荷物の仕分けが終わらないという理由らしい。
 今ひとつハッキリと理由が理解出来なかったが、できないと言われればそういうことなのだろう。無理を言っているのは私の方だ。「そこを何とかしてもらえないか」と電話口で懇願してみた。この受付の女性に何を言っても無駄な事は知っていたが、何とか印象づけようと、わざと間を置いてため息をついてみたり、困った感を存分に表現した。イヤな客だ。しかしなり振りは構っていられなかった。懇願作戦が功を奏したのかどうか分からないまま、当日の朝にあちらの準備ができたら電話連絡をもらう、という約束を取り付けて電話を切った。

 私は電話が鳴るまで待っていられるような男ではない。当日7時20分頃に運送会社に到着し、様子を窺った。100台くらいはあったかもしれないズラーッと並んだトラックたちと、塔のように天へ向かって突き建てられた社屋が作り出す風景は意外にも壮観だった。その光景の中で、私はお城に迷い込んだちっぽけなネズミになったような気分だった。上下黒いジャージ姿の中年ネズミは7:30になり奇襲をかけた。「総合受付」で事情を説明したが、40~50代くらいの、恐らく責任者らしき白髪男性の対応は、二日前の電話の女性と全く同じだった。だがしかし“お客様”である私は、もうここに来てしまっている。さすがに邪険にはできないだろう。そこに私の狙いと計算がある。「そこを何とか」の演技にも一段と力が入った。
 5分くらい私の粘りの演技が続き、ついにその責任者の男性が折れた。仕方がないな~といった感じで、私の荷物が到着しているだろう場所まで案内してくれた。広い敷地内を私の車の助手席にその人を乗せて向かう途中、「一日に5万個の品物がこのセンターに到着し、その中からあなたの荷物を見つけるのは大変で、時間がかかるんです」と嫌みったらしく説教された。「も~うしわけ、ありませ~ん」と、“も”にちょっといやらしくアクセントをつけながら、みすぼらしい様でネズミは深々と頭を垂れる。
 そして「危ないからあんまりチョロチョロしないで」等と邪魔者のようにまた怒られながら、しかし構わず私は自分の荷物を探していると、不意に二日前のあのドライバーさんを見つけることができた。ドライバーさんも「あ、どうも!」と覚えていてくれた。ホッとして力が抜け落ちたことは言うまでもない。全てが報われ、私の勝利が確定した瞬間だった。私たちの様子を見てその責任者らしき人は、私の本人確認を全くしないまま「じゃぁ後は任せたよ」とドライバーさんに告げて行ってしまった。ホントはあんまり偉い人じゃなかったかもしれない。

 「来ていただいて助かります~」とそのドライバーさんが言ってくれて、荷物をしっかり受け取った。「いえいえ、こちらこそお騒がせして、ありがとうございました」とお礼を言って分かれ、さぁいよいよ納品へ向けアクセルに足をかけた。小雨が降り続く曇天の空のわりには、思いのほか清々しい朝に、耳の奥では「♪レ・ミゼラブル」が繰り返し鳴り響いていた。

 そう、おとといのお話です。

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