投稿者: | 2021-07-30

 高校時代、私は2年生の秋まで硬式野球部に所属していた。2年生の時だったと思う、練習試合に出かけた。私のポジションはキャッチャー。言わずと知れた扇の要、守備陣の要を担っていた。
 対戦相手の攻撃時だった。ランナーが2塁にいるシチュエーションで、レフト前にヒットを打たれた。2塁ランナーが3塁を蹴って、私が守っているホームベースを陥れようとしている。私は被っていたマスクを投げ捨て、猛然と突っ込んでくるランナーに備えながら声を張り上げた。「バックホーーーム!」。レフトから3塁手を中継して私に向かって送球が返ってくる。ランナーをブロックするような体勢は取らないが、走塁妨害にならない程度に身を寄せ、低く構える。あとは送球次第だ。比較的山なりの送球が返ってきた軌道を覚えている。レフト方向からの送球なので球を目で捉えながら、ランナーが視界に入っている。コントロールされたいい“バックホーム”返球だった。タイミングはかなり際どい。クロスプレーは必至だ。「よし!タッチアウトできる」と思った次の瞬間、それから数分の記憶がない。

 記憶がないので確かなことは言えないが、結果的には口の中を7針縫う破目になった。恐らく走ってきたランナーと交錯した際にランナーが私のミットにタックルするような形になり、送球が私の下あごを直撃した。気絶したわけではなくそのままホームベース上に倒れていたが、ボ~っとして状況を把握するのに少し時間がかかったのを覚えている。マネージャーの一人が仰向けで寝ている私の顔を上から覗き込んできて、ハッと我に返ったことを変によく覚えている。誰かのタオルが血まみれだった。頭に近い部分なので、救急車など今だったら大騒ぎするところだろうが、その時はたまたま試合を見に来ていた先輩の車で病院へ向かった。

 下唇から下3~4cmほど口の内側がパッカリ割れていたわけだが、手術ではその割れ目にまず麻酔の注射針を突っ込まれた。あの時の痛みは尋常ではなかった。外傷では恐らく今までで一番痛かった。「傷口に刺すんかい!??」という感じで、そのやり方があまりにも残酷に思えてちょっと信じられなかった。口を開けたままなので悲鳴を上げられる状況にはなく、「オレってこんなに力が強かったっけ?」と驚いたほど固く両こぶしを握り締め、さらに両腕に力を漲らせて激痛に耐えた。ほぼ無声で腹の底から「あああああああ」という感じ。歯を食いしばれない状況で何かに耐えることは、非常に難しいものだと発見した。

 次の日いわゆる「いかりや長介」さんのように下唇が腫れ上がった。人に一発殴られたくらいではあんなには腫れない。患部は痛かったが、特にめまいがするとか具合が悪いということはなかった。けれどもちょっとした事件だったわけで、いい口実ができたと学校をサボって家にいると、父親が「そんな程度の怪我で休むな!」と怒り出し、仕方がないので遅刻して登校した。
 学校ではマスクをして患部を隠していたが、心配してみんなが声をかけてくれるし、ホントに何だか大げさな気がしてもう忘れることにした。口の中で「溶ける糸」で縫ったため抜糸の必要はなかったが、尖った「糸」の先が気になってしばらく舌で舐めまわすのが癖になっていた。今でも縫った部分はちょっと固くて少し隆起している。

 セーフだったんだろうな~、見せ場だったんだけどな~

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