Translation

投稿者: | 2021-12-29

 以前にも書いているし、ずっとやりたいと思っていたことがある。このブログの英語併記だ。日本語で一日分を書きそれを英訳しようと思うのだが、私の英語能力では時間がかかり過ぎそちらの方が大変になってしまう。負担を考えると恐らく毎日は無理だと思う。そこで考えていたのが自動翻訳サービスを利用すること。ネット上の無料のサービスもあるが、試してみた結果全く正確に訳してくれず、これでは私が言いたいことが伝わらないと断念した。お金はかかってしまうが、やはり少しでもちゃんと伝えたい。
 ずっとやりたいと思いながら、でもまず日本語をきちんと毎日アップする方が優先だと思い頑張ってきたが、一年以上継続できたので次の一手を打ちたい。年末年始の少し余裕がある時に思い切って着手してみようかと思う。始めたら始めたで作業量が増え、またさらに大変になるのを承知でチャレンジしてみたい。一人でも多くの人と繋がりたいから。

 最近は小学校でも英語の授業があると聞いた。英語能力の習得は昔から日本人の大きな関心事の一つだ。私は “ペラペラ”になることに本当に興味があった。執着という言葉の方が相応しいか。20代の頃に実際にカナダにトータルで2年半住んでいた事実を見ても、その思いの強さは証明されていると思う。だがしかし未だペラペラの夢は叶っていない。今でも往復60分の通勤の車中で英語のCDを聞きながら英会話レッスンをしている。これを始めてもう一年半以上になる。諦めていないのだ。いつかこの努力が報われることはあるのだろうか。

 どんな言い訳をこしらえてもその裏には「怠惰」があって、いつも自分を誤魔化していた。今チャレンジしていることは全て本当に「やりたい」と思っていたことで、即ち心の声が告げていたこと。歳を取ったことも客観的には一つの大きなきっかけだとは思うが、私は「時が満ちたから」と捉えている。やっと本気になれたのかもしれない。やっと自分に正直になれたのかもしれない。なりたい自分に真っ直ぐに向かう勇気が持てたのかもしれない。ボランティア活動、読書、英語、水泳、聖書研究、そしてこのブログ。仕事の他にこれだけのことを継続するのは結構タフな作業量だ。
 「所詮は趣味の範疇だろ」と言われてしまえば返す言葉はない。正にその通りで、そのことを忘れてはダメだと思う。そんな高尚なことではなく、好きなことをしているだけだ。例えば毎日家事に勤しんでいる主婦の方々の方が、私なんかの何倍も偉いと本当に思っている。でも自分を少しだけ褒めてあげたい思いに駆られる理由は、空想ではなく実際に動き始めたから。そしてそれらを継続できているから。しなかったできなった自分から抜け出せたような気がしている。これは私にとってはとてつもなく大きな変化なのだ。

 空想が好きで得意な私はいつも違う自分を夢見ていた。色々できちゃう自分、頑張っている自分、生き生きしている自分。夢が叶ったという感じではない。達成感みたいなものでもない。ただ今は空想しなくても、そのままの自分が結構好きかもしれない。
 一年間お疲れ様。

 よし、自動英訳に着手するか!?

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