ヒッチハイク先輩

投稿者: | 2021-01-05

 寮のある高校に通っていた。全校の4割くらいが寮生で北海道から沖縄まで、さらには海外の日本人学校からも寮に入って通学している人もいた。寮生たちは15歳で親元を離れ、さぞ寂しい思いをしたこともあったと思う。もちろん人によっては自由を謳歌している者もいたが、集団生活をしていく上で個人のわがままが通るわけはなく、ある程度の不自由さを共有している者同士の「寮生」という大きなグループが学校内に存在していた。


 15~18歳までの若者が一緒に暮らすのだから、切り盛りはいろいろ簡単ではないだろう。様々な縦横の関係の中でぶつかり合いもあるだろうし、食事や設備など生活する空間の物質的な環境もさることながら、ホームシック等やはり一人一人の精神的なケアは大変な仕事だ。すべての寮生が全てに満足して3年間を過ごすことなどあろうはずがない。みんな何かを我慢して支え合いながら共に生きていく中で、それぞれの逞しさが育まれていくのだと思う。平々凡々と守られて親元から通っている通学生の私にはちょっとびっくりするような行動をとる寮生たちの大胆さに畏敬の念を抱くようになっていった。夏休みに入った時に遠方出身のある先輩が列車の切符を準備せずに帰郷するという。お小遣いの節約が目的だったかもしれないが、彼は1,300kmを超える距離をヒッチハイクで移動するというのだ。35年以上前の話だからこその武勇伝で、今高校生がそんなことをしたら恐らく問題になってしまうと思う。知らない人の車には乗ってはならない時代だ。その後帰れなかったという話は聞いていないので、それでちゃんと帰れたのだろう。もし失敗したとしても行動に移せることが凄いと思った。


 ヒッチハイクをするには何が必要だろう。まずは「自由な発想」。電車や飛行機を使って帰るという大前提を捨て、自分のいる場所と目的地を結ぶための方法をゼロベースで考えられる柔軟さを持つこと。次に「勇気」。もしかしたら彼は誰かがやったことを真似てヒッチハイクをしようと考えたのかもしれない。そうだとしても実行に移すにはちょっとした勇気が必要だと思うが、こういうことをやれる人は何をするにしてもいちいち“勇気”などと考えないからこそできるのかもしれない。そして、「コミュニケーション能力」。交渉力、会話力、聞く力、その場を楽しめる力、笑顔、経験量、好奇心、etc.……。いざ道路に立って手を挙げ運良く車を止めることができたとしても、全く知らない人に目的を告げ、無料でしっかり乗せてもらわなければならない。そして長い車中での時間を初めて知り合った運転手の方と一緒に過ごさなければならない。一言もしゃべらない訳には行かないだろうし、いつもトラックの荷台に乗せてもらえるわけではないだろう。つまりはこのヒッチハイク大作戦を企画から完成させるためには「豊かな人間力」が必要とされると思う。もしくはトライしてみて旅する中でそういった人間力を獲得していくものなのかもしれない。いずれにしても想像しただけで当時の私はとても感心したし、同時に焦りみたいなものを感じ始めていた。

 
 先日あるビルの2階にあるオフィスへ朝一番に書類を提出に出向いた。ところがその日はまだ営業が始まっていなく、開くのを待っていると1時間無駄にしてしまう。迷った末にそのビルの1階に入っている、それとは関係がない別の事務所がすでに開いていたので思い切って訪ねてみた。無理を言って2階のオフィスが開いたら書類を渡しておいてもらえるように頼んでみた。何とか引き受けてもらい目的を果たすことができた。その後電話をして提出書類が届けられたことを確認した。私は提出をお願いしている時、大げさにならないように気をつけながら如何に自分が困っているかを表現し同情を買えるように試みたり、なるべく自然な感じで敬語や丁寧語を駆使しキチッとした人間であるような印象を植え付けるよう努めた。スーツを着て行って良かった。ずうずうしさは歳を重ねるごとに獲得できるものかもしれない。これを「交渉力」や「人間力」と呼べば呼べるのだろうか。ずうずうしさ、世渡り術、日本語は難しい。

 あの先輩、どうしてるかな。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください