小さな恋のメロディー

投稿者: | 2021-04-11

 高校に入学時、本当は野球をする気はサラサラなかった。小学校から中学までは、「自分から野球を取ったら何が残るのか」と悩むくらい野球に没頭していた。父親の出身高校に入って、甲子園を目指そうと思ったこともあったが、その高校への受験に失敗してしまった。滑り止めで入った学校の野球部は、正に弱小という肩書がふさわしい、一回戦を何年も勝っていないような体たらくだった。その部で野球をすることは、私のプライドが許さないとバカにしていた。

 私が野球経験者だということは、内申書か何かでバレていたらしく、半ば強制的に入部させられた。真剣にやるつもりはなかったが、楽しい仲間たちや優しい先輩に囲まれて、いつの間にか乗せられていった。楽しかった。考えてみると、野球が楽しいと感じたのはあの時代だけかもしれない。みんなは受験で失敗した悲しさを忘れさせてくれた。しかし小・中学の頃のような野球に対する純粋な気持ちは失われていった。家に帰ってから配球を研究したり、バットを振るようなことはなかった。ただ単純に楽しむだけだった。
 それでも夏の大会の予選は1年生ながら3番キャッチャーで先発マスクを被った。ノーヒットだったが守備面ではかなり活躍できたと思う。残念ながら敗戦したが、とても善戦した素晴らしい試合だった。負けてみんなで号泣した。自分があれほど涙を蓄えた人間だとは知らなかった。それまで胸に抱えていた色んな思いが一気にあふれ出したのだろう。いい思い出。

 2年生になって、恋に落ちた。新入生として入ってきた野球部のマネージャーの女の子。とても可愛らしい魅力的な人だった。帰る方向が同じだったので一緒に帰ったり、非常に仲良く、いわゆる“いい感じ”だった。何度も美しい夕陽を二人で眺めに行った。
 「明日の練習試合でホームランを打ったら付き合ってあげる」と言われ、久しぶりにおおお!っと気合が入ったが、雨で試合が流れた。相手は甲子園に出場したことがある強豪校で、私が打てっこないと分かりながらも、彼女が野球部全体の士気を上げるために、中心選手である私を鼓舞する目的でそう発破をかけたのかもしれない。私にしてみればそんなのお構いなしで、何かの間違いでも何でも、打ってしまえばこっちのものといきり立ったが、しかし結局打席に立つチャンスさえ巡って来なかった。今思うと、縁がなかったのかもしれない。その後のオファーはなかった。でもずう~っと大好きで、練習も楽しかった。毎日が楽しかった。
 2年生の秋だった。彼女に「好きな人ができた」と言われた。それは他でもない野球部の同学年の仲間の一人だった。あれほどの器量よしだから、彼女の方から告白があれば、大抵の男子は受け入れるだろう。案の定そうなった。
 死ぬほど悩んだ。二人の姿を見ながら何食わぬ顔で練習をするのは、ちょっと私にはみじめで厳しすぎたし、何より私の存在が二人の邪魔をすることになってしまうのが耐えられないと判断した。試合用のユニフォームにつけていた背番号「2」の布切れに、私が管理していた野球部室のカギを添えて監督に返還し、退部を願い出た。

 こうして私の長かった野球選手時代は幕を閉じた。元々高校で野球をするつもりはなかったし、情熱は冷め、おまけに肩と肘、特に右肘の痛みは耐え難いものにまで悪化していた。野球自体にもう未練はなかった…、いや、そんなわけはないか。
 仲間たちが3年の夏の1回戦で勝利した勇姿をスタンドから見守った。素晴らしい勝利だった。心からおめでとうと思った。今でもあの勝利の瞬間の光景は目に焼き付いている。

 あ~、甘酸っぱいね~

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