1995年、カナダのトロントに住んでいた頃の思い出話。スポーツ好きの私はバスケットボールも大好きだった。アメリカのプロバスケットボールリーグ、「NBA」は非常に人気があって、カナダでも「バスケットボールの神様」と呼ばれたマイケル・ジョーダンは絶大な人気を誇っていた。その年カナダ国に初めて誕生したプロバスケットボールチーム「トロント・ラピュタ―ズ」の試合を見に行った。対戦相手はあのマイケル・ジョーダン率いる「シカゴ・ブルズ」。彼の現役時代のプレーを生で見たことは、分かる人には分かる大変貴重な体験だ。
現在のラピュターズは「スコシアバンク・アリーナ」というバスケットとアイスホッケー両方の設備が備わっているアリーナをホームコートとしているが、当時は「スカイドーム」(現在の名称はロジャース・センター)というメジャーリーグ(野球)のトロント・ブルージェイズの本拠地を借りて興行していた。5万5千人は入る野球場だからバスケットコートとしてはかなり広く、グラウンドの真ん中にコートを特設すると観客席からかなり遠くなるので、たしか内野席寄りにコートを作っていたと思う。そんな会場は他にないから、そのお陰で慣れないアウェイの選手がゴールリングとその向こう側の壁との距離感が定まらず、シュートの成功率が悪かったという節もあった。
このシーズンに結局リーグ制覇するブルズはマイケル・ジョーダン、スコティ・ピペン、ロン・ハーパー、ルーク・ロングリー、デニス・ロッドマンという豪華スターター陣にスティーブ・カー、ブシュラー等が控えにいた。ヘッドコーチはあのフィル・ジャクソン。観客席にはなぜか俳優のサミュエル・L・ジャクソンも観に来ていた。試合は王者ブルズを新鋭ラピュターズが大いに苦しめ、ラピュターズの選手が「それが入れば勝利!」という中距離からのブザービーターを放ったが惜しくも外れ、結局1点差でブルズが勝った。
外野席に詰めかけた、遠すぎてよくコートが見えなかっただろう人たちを含め、全ての観客がマイケル・ジョーダンのプレーに酔いしれた夜だった。彼だけが別の種類の獣のような動きだった。もちろんトロント人だから100%ラピュターズを応援するんだけれど、ジョーダンがドリブルを始めると「NO,NO,NO」などと言いながらみんなが首を横に振り、両手で頭を抱えだす。シュートが決まると「やっぱりやられちゃった」という感じの、落胆とも驚愕とも取れるどよめきがスカイドームを満たした。特に試合の終盤はそれの繰り返しだった。来ると分かりながらも止められないジョーダンの凄さを目の当たりにして、みんながこれはどうしようもないと察知したんだろう、トロントのディフェンスに対しても別段ブーイングも起こらなかった。
あの夜彼は絶対者だった。言葉にするのは難しいが、ジョーダンはもの凄いバネのあるスプリングが内蔵されたゴムの塊のような感じだった。おもちゃのスーパーボールよりも柔らかく、もっと重量感がある感じで、シュートの時はそれが鞭のように切れ味鋭くしなるような動きになった。体全体が「ボォムボォムボォムピシュッ」みたいな感じか。かなり貧乏だった私が100カナダドルという大枚をはたいて、チケットをダフ屋から買った甲斐があった。人生の買い物だった。
実際に現場で生のプレーを見るという経験はとても貴重だと思う。スポーツに限らず、音楽や芝居などのエンターテイメントを観に出かけるモチベーションを自分の中でもう一度探し出したい。
マイケル・ジョーダンのプレーを観たことがあります!すげぇ~