ドン・キホーテ

投稿者: | 2021-12-21

 あまりテレビ番組のことについて書くことはこれからも滅多にないと思っているのだが、今回は是非ちょっと書いておきたい。昨晩放送された第17回M-1グランプリを観ていて、番組のラストシーンは涙で画面が良く見えなかったほど感動してしまった。色んなコンビの漫才をたくさん観たわけだが、優勝したコンビについて、昨晩は何だか漫才という芸の裏側にある人間の生き様を見せられたような気がした。素晴らしかった。
 M-1というのは、コンビを結成して15年間を過ぎると出場資格を失うという規定の下で行われるコンテストで、6,000組以上が参加する漫才界最大の催し。すなわちその年の漫才王座決定戦だ。だから若手と言ってもある程度の経験があるコンビでないと実際に勝ち上がって来られない、大変シビアな“ガチ”の戦いが繰り広げられる場である。決勝の舞台まで勝ち上がった10組の人たちの年齢は20代後半~40代前半までくらいが多いのかなと思う。体力・気力が充実していて経験もあり、漫才師として「脂がのりきっている」状態と言えるかもしれない。とにかく元気が良くてパワーが凄い人たちばかり。

 そんな中で優勝したコンビの“ボケ”役の、私が心打たれた方の人は50歳だそうだ。ちなみに“ツッコミ”の方は43歳。コンビを結成した時期が遅かったので、高めの年齢に関わらず出場規定には抵触しないのだそうだが、単純に「キツい」と思う。
 まず若い人たちと体力で張り合おうとするのはとても難しい。その感覚は歳をとってみないと分からないことだと思う。そういう場合、普通で考えれば体力勝負は避け、間合い技術やネタの妙で魅せる等の別の手段を取りそうなものだが、しかし彼らはこめかみの血管が破裂しそうなほどに声を張り上げ、真っ向から体力勝負に出た。自分たちにはこざかしいテクニックよりも力で押す方が有利に働くと考えたのかもしれない。いや、芸風から考えるとそれしか手段がなかったか!?いずれにしても決死の覚悟だったと思う。
 そしてもう一つの「キツい」は、やはりM-1を好きな観客や視聴者の層が若いということ。若い人たちの間に50歳のおっさんがいきなり入っていって受け入れてもらえるかどうかは、かなりの勝負だ。優勝した今もきっと不安は尽きないと思う。ヘタをすれば「古い」とか「分からない」、「ズレてる」等とあざ笑われて相手にされなかったとしても全く不思議ではない。しかし彼らはネタの中でその年代ギャップを逆手にとり、観客を笑わせることに成功した。「変なおじさん」を演じ切ったのだ。非常に勇気が必要な挑戦で、やはり6,000組の頂点に立っただけのことはある、尋常じゃなくデッカい肝っ玉の持ち主なのかもしれない。あるいは単なる無鉄砲な「バカ」か。

 優勝が決まった瞬間、彼の顔中が涙でぐちゃぐちゃになっていて、思わずもらってしまった。ボケて人を笑わせることが商売の人たちが、涙でこんなにも感動を与えてくれることに驚きもした。50歳を迎えてまだ“売れない”状態が続いていただろう中で、さぞ不安な日々を過ごしていたことだと思う。大多数の消えていった芸人たちと同様に、自分も「売れない」という名の暗闇の中に沈み込んで、「このまま人生が終わって行く」という恐怖に飲み込まれそうになりながら、ずっと戦っていたのではないだろうか。今回その窮地から自らの力で見事に這い出してみせた。

 また月並みなことを言ってしまいそうだ。「いくつになっても始められる」。まさにそれを実践した男がテレビの向こう側で泣いていた。たぶん、恐らく、結構な人数のおっさんたちも釣られてもらい泣きしたことと思う。でも敗れた人たちの漫才も本当に素晴らしかった。接戦だったからこそ、より優勝したおっさんが引き立った事は疑いようがない。いい夜だった。早くも来年が楽しみになってきた。

 “おじさんの星”だよ、ホントに。

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