投稿者: | 2021-10-20

 だんだん寒くなってきて、そうでなくても私はお湯を切らすことが嫌いな質だ。大好きな紅茶をいれたり、カップラーメンを食べたりする時のために、常にお湯が電気ポットで沸かされていないと気が気でない。それも水位が“ここまで”の線よりちょっと上までの満杯状態になっていないと落ち着かない。ちょっと病的な強迫観念が入っているのは自覚している。そして水を足す時は、一番冷たい水で足す。湯沸かし器のお湯や温かい水道水もダメ。何も加工されていない一番シンプルな水で沸かす。いつの頃からかそれが当たり前になっている。

 「お宅のお風呂がジェットバスに早変わり!」のような触れ込みで、浴槽の内側に取り付けて水中に空気を送り出す小さな装置のPRビデオを作ったことがあった。今考えると空気を作る力が貧弱で、嘘くさいチープな商品だった。それでもお客様のご要望とあれば、少ない予算の中でも知恵とガッツで何とか良いVTRを作ることが使命と信じ、頑張っていた。

 田舎の小さな映像プロダクションが、田舎の小さな会社が作った商品をPRするわけだから、それなりに大変だ。ハッキリ言えば、お金も設備もない。さて、どうするか。まず勤めていた会社の社長のツテを辿って、どこかの倉庫に眠っていた新古品のバスタブだけを借りてきた。これを中心に後はありものを使い、自社のスタジオ内でセットを組み、水道も電気も何もつながっていない即席のユニットバスを作った。これにお湯を張ってモデルに入ってもらい、「気持ちいい~」みたいな“お色気”イメージカットを撮る目論見だ。
 実際にモデルちゃんに入浴してもらうに当たり、冷たい水の中に入れるわけにはいかない。これが予想外に大変だった。スタジオの瞬間湯沸かし器にも限界がある。バスタブをいっぱいにするには予想していたよりずっと大量のお湯が必要だった。キッチンのコンロはもちろん、レンタルで大きなガスボンベを2、3台借りてきていて、やかんや大鍋を熱しお湯を沸かそうとするのだが、なかなか水が温まらない。温まったらバスタブに流し入れ、また次のお湯を沸かす。そうする内にバスタブのお湯が冷めてきてしまう。当然バスタブに保温装置はついていない。いつになったら撮影が始められるのか、気が遠くなりかけていた。
 そんな中、先輩のスタイリストさんに怒られてハッと気がついた。私は一番冷たい水を汲んできて火にかけようとしていた。「なんで真水からやってんの?湯沸かし器のお湯から熱し始めれば早いじゃん!!」怒りにも似たようなその叱責の声は、至極当然の正論だった。私はいつもの調子で、紅茶をいれる時と同じ要領で、“風呂を沸かしていた”。そりゃ、時間、かかるわ……。

 いくつになってもそういう癖というか、抜けない。応用が利かない性格とも言える。「これはこうでなければいけない」という自分の中で縛りが強すぎて、臨機応変に物事に対応できない。そんな残念なところが自分を「不器用な人間」と評する所以でもある。場面場面で、まずその縛られていること自体に気付かないと、この殻は破れない。
 ただそれがいつも悪いという訳でもない。こだわりが私らしさを表現してくれることも事実だ。難しい。まだまだ迷いの中にあり、まだまだ修行が足りない。そう反省しながらも、今日も職場の給湯室で一番冷たい水を足している。

  だって、飲めるぐらいのキレイな湯船に入れてあげたいじゃん!

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