監督(その1)

投稿者: | 2021-08-14

 もう10年以上前の話になる。学校紹介ビデオを制作する仕事を私の出身高校から受注し、卒業生としてではなく、一外部業者として母校に出入りしていた。その時にいろいろお世話になっていた野球部の監督先生と、個人的にも仲良くなっていた。私は高校時代、野球部に所属していたので、当然野球部に対する思い入れは強い。母校の野球部は、毎年予選で1回戦に勝利できれば大満足なくらいのレベルのチームだ。

 ちょうど夏の今の時期だったと思う、その先生から電話が鳴った。先生のお父様が急死されたということだった。理由はよく聞いていないが海外での事故で亡くなったということで、とにかく急いで遺体を引き取りに日本を離れねばならず、留守のあいだ一週間ほど野球部の面倒を見て欲しいということだった。慌てた。今思い返しても、よく引き受けたなと思う。顔を合わせないまま、先生は機上の人となった。

 その約1週間の間に練習試合が2試合組まれているということだった。最初がアウェイで2試合目がホーム。最初のアウェイ試合は頼まれてから3日後の予定だった。私は大型バスの免許を持っていないので、野球部のマイクロバスを運転することができない。よってまず選手を遠征先まで運ぶ手段から考えなければならなかった。幸い野球部の部長先生という肩書で女性の先生がついてくれていたので、野球部の保護者でその日に車を出せる方を探してもらい、何とか手配してもらった。

 さて、とりあえず1試合目に集中しようと思った。その時は夏の甲子園予選が終わり、3年生が引退した後の新チームで、部員は確か12~3名だったと思う。2名のピッチャーの使い方とキャプテンのことだけは先生から聞いていたので何となくイメージできていたが、他の部員のことは顔と名前を覚えることから始めなければならなかった。即席だが一応は「監督」なので、試合ではサインや指示など作戦の指揮を執ることになる。選手の顔と名前が一致しなければオーダーさえ書けない。厳密には初対面ではなかったが、まずは生徒に自己紹介して事情を説明したと思う。

 考えて時間を無駄にするよりも、とりあえず高校生に交じって練習してみた。最後に草野球をしたのはそれからもう10年以上前で、そりゃあ多少腕も錆びる。ましてや硬式球を握るのはそれこそ高校以来だ。後々になって生徒たちに聞いた話では、最初の日の私のノックを見て「ヤベェ」と悪い意味で冷や汗をかいたそうだ。野球の素人だと思ったらしい。そんなヘボいノックしか打てなかったにも関わらず、一緒に練習をしてみると選手の特徴や顔までもが頭にどんどん入ってきて、少しずつ不安が消えていった。手前みそだが、私はやっぱり素人ではない。野球を通して人と近づけることがあることを改めて証明した経験になった。ノックはヘタクソだったが、私の熱情みたいなものは生徒に伝わっていたようには思う。
 打撃練習も見て個々の選手の特徴・調子を見定め、キャプテンの生徒と相談しながらオーダーシートを書いてみた。二日間の練習でだいたいのチーム状況を把握し、さぁいざ出陣だ!

 (その2)へ続く

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