心地の良い場所[a Pleasant Place]
この世に絶望を感じた末に、キリスト教の世界に入ってくる人はもしかしたら多いのかもしれない。様々な人間関係が上手くいかなくなったり、事業に失敗したり、親しい人が天に召されたり。或いは特に何があったわけではなくても、漠然と… 続きを読む »
この世に絶望を感じた末に、キリスト教の世界に入ってくる人はもしかしたら多いのかもしれない。様々な人間関係が上手くいかなくなったり、事業に失敗したり、親しい人が天に召されたり。或いは特に何があったわけではなくても、漠然と… 続きを読む »
「だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神… 続きを読む »
2泊3日で、東日本大震災の被災地で行われた、ある勉強会に参加してきた。その中に知らない人がいないわけではなかったが、ほとんどが初対面の人たちと3日間過ごしてきた。13年前の東日本大震災で、被災された人たちが今どんな問題… 続きを読む »
何かに没頭できているときは本当に幸せだと思う。もしかしたらそのやっていることに意味を見出せないかもしれない。何のためにこんなに苦労しているのだろうと、ふとした瞬間に思ってしまうかもしれない。でも集中してそのことに熱中で… 続きを読む »
私は心の奥底では、自分には何でもできると思って生きてきたんだと思う。口では謙遜したような言葉を吐いて隠してきたけれど、根っこの部分で私は、「自分にできないことはない」と信じて生きてきた。神をも恐れぬ自分本位で自己中心的… 続きを読む »
私は毎日のお祈りの中で、まず今日も神さまから命を与えられたことに感謝する。ともすると、何もしなくても次の朝が与えられることを当たり前のように感じてしまい、神さまの恵みを忘れてしまう。そうならないためにも、毎日訪れるこの… 続きを読む »
結局は自分自身との闘いのなのだろう。気に食わない嫌いな人たちも、ついつい見下してしまうグループ内の仲間たちも、私なのだ。一人一人が、私が認めたくない私、私が大嫌いな私の、化身なのだと思う。その人たちとどうやって共に生き… 続きを読む »
簡単に言ってしまえば、グループの中で生きるときに、私は自分の事しか考えないから共にやっていけないのだ。物事が上手くいかない理由を仲間のせいにして、厳しい現実から逃げ続けてきた。「オレは何も悪い事はしていないから」と、責… 続きを読む »
こうして神さまのことを考え、イエス様の十字架に思いを馳せるとき、私は心に平安を与えられる。とても謙虚な気持ちになることができ、心穏やかでいられる。一人じゃないと思えるというか、イエス様の受難を思うとせつないけれど、やは… 続きを読む »
アイデアが浮かばなかったり、どうしても気分が優れなかったりするときであっても、そのまま投げやりになって何もしないということが少なくなってきた。外側からは何もしていないように見えても、心の中では自分と闘っている。「どうし… 続きを読む »