特別vs唯一[Special vs. Unique]
「自分らしさ」とは何だろうと長い間考えている。他人とは違う私だけの姿勢と言うか、生き方と言うか。でもそれは今考えてみると、私の理想の姿だったような気がする。私がなりたい自分。できそうにないことができてしまう、ちょっとな… 続きを読む »
「自分らしさ」とは何だろうと長い間考えている。他人とは違う私だけの姿勢と言うか、生き方と言うか。でもそれは今考えてみると、私の理想の姿だったような気がする。私がなりたい自分。できそうにないことができてしまう、ちょっとな… 続きを読む »
私は若い頃から、自分で経験したことしか、胸を張って他人に言えないと思っていた。経験に勝るものはないと。だから大学へ行くというのはほとんど口実で、実際に首都で生活してみたかったから東京の大学へ行かせてもらったり、その後カ… 続きを読む »
私は知識も教養も足りなければ、肝心なキリスト教に対する理解も浅い。こんな状態では「クリスチャンです」などと他人に言う事が恥ずかしい。もっと勉強しなければならないし、何よりももっと聖書を繰り返し読まなければと思っている。… 続きを読む »
お祈りをし、聖書を読み、お祈りの本を読む。一応このルーティーンを日々の日課にしようと目指している。こう言うと敬虔に信仰生活を送っているように聞こえるかもしれない。もちろん何もしないよりは遥かに良い。しかしふと思ったのは… 続きを読む »
嬉しいときや喜びを感じるとき、また心が動かされ感動しているような心地良い心理状態でいられるときがある。その“とき”は人生が進むにつれて、変わっていった。かつては、私が没頭していた野球の試合で勝ったり負けたり、或いは学校… 続きを読む »
「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。」(創世記1章31節) 私はキリスト教の神さまを信じている。信じるに至るまでにはかなり時間がかかったし… 続きを読む »
自分でコントロール出来る事柄は、この世にどれくらいあるのだろう。自分がこうなりたいとか、こうしたいと思ったことを実現した人はどのくらい居るのだろう。夢が叶ったような人々は実在する。オリンピックで金メダルを獲得したような… 続きを読む »
知り合いでも友達でも、或いは初めて会ったような人でも、私はそれぞれの人に対してイメージを持つ。家族であってもそうだろう。言葉は交わさずとも、その人が醸し出す雰囲気が何らかの印象を私に与える。年齢や性別、表情や所作、目つ… 続きを読む »
例えば右へ行くか左へ行くか迷うことがあった時に、私は神さまに聞いてみることにしている。ある程度大切な決断を迫られる時のこと。祈りの中でジッと神さまの声に耳を澄ませ、湧き上がってくる思いを受け止めようとする。しかし愚かな… 続きを読む »
私は理性が働いている時はとても真面目な人間で、ビジネスでもプライベートでも仕事をしっかりこなすことができる。周りからの信頼度は高い方ではないだろうか。しかし「明日は休みだ」と、週末に向けて最後の力を振り絞って頑張って、… 続きを読む »