christianity」カテゴリーアーカイブ

焦りと鍛錬と選択と[Anxiety, Training, and Choices]

投稿者: | 2025-10-24

 問題意識であるとか、自分に課された使命のようなものを考えるとき、人それぞれに関心を寄せる事柄には違いがある。例えば、日本にある米軍基地の70%が沖縄に集中している現状が、今ある最大の問題であると考える人もいれば、世界各… 続きを読む »

心の変革[Transformation of Heart]

投稿者: | 2025-10-23

 価値観というものがあって、自分の価値観に基づき、私たちは無意識に人を評価していると思う。裁いていると言っても良い。あの人は知識が豊富で賢いとか、この人は自分を律することができないから劣っている等々、それぞれが自分の感覚… 続きを読む »

頑なな尻込み[Stubborn Reluctance]

投稿者: | 2025-10-22

 クリスチャンとしての使命を考えるときに、伝道や宣教ということがあると思う。一言で言えば、一人でも多くの人にキリスト教の教えを伝えてゆくということ。しかし私はそういった責任の重い課題に向かい合ったとき、自分にそのような働… 続きを読む »

セレナ(その3)[Serena (Part 3)]

投稿者: | 2025-10-21

 三たび走り出し、標高が高い山の中を走行していると、アッという間に天候が激変し、ほんの少し先さえ見通せないほどの濃霧にすっかり包まれてしまった。強い雨も降ってきた。恐かったのでスピードを落としたが、極端な低速運転をすれば… 続きを読む »

書き続けることの意味[The Meaning of Continuing to Write]

投稿者: | 2025-10-18

 私は自分が書く文章に自信が持てない。ブログ上に残してある記事をたまに読み返してみると、余りにも稚拙な文章に赤面してしまうこともある。私にとってブログを書き続けるという事は、即ち能力の無さを自ら流出させているようなものだ… 続きを読む »

2度目の証し(その3)[Second Testimony (Part 3)]

投稿者: | 2025-10-17

 お互いに信頼関係がある程度できている人ではないと、本当の話ができないと考えました。宣教とはキリスト教の教えを説くことからではなく、心を開いて語り合える関係を築くことからまず始めるべきなのではないでしょうか。何はともあれ… 続きを読む »

2度目の証し(その2)[Second Testimony (Part 2)]

投稿者: | 2025-10-16

 私にとって主日礼拝とは、何かなと考えました。こんなことを言うと、牧師先生に「間違っている」と怒られるかもしれませんが、私にとって礼拝は「お葬式」です。毎週イエス様の死を悼むために、イエス様のお葬式に参列しているのだと思… 続きを読む »

2度目の証し(その1)[Second Testimony (Part 1)]

投稿者: | 2025-10-15

 私が通っている教会では月に一度「伝道礼拝」と称し、信徒が一人ずつ兄弟姉妹たちの前で証しをするということをやっている。小さな教会で教会員の数が少なく、1年半くらいで、もう順番が回ってきてしまう。実は先日の礼拝で私の順番が… 続きを読む »

ダビデの祈り[David’s Prayer]

投稿者: | 2025-10-13

 詩編のダビデの詩を読んでいると、新約聖書を想起させる。旧約聖書を読んでいてイエス様の存在を感じることはあまりなく、そういう意味でダビデの詩には特別感がある。特に「主を待ち望む」という表現が随所に使われていることが私にそ… 続きを読む »

神の時を生きる[Living in God’s Time]

投稿者: | 2025-10-12

 「神学校」なのか、「聖書学校」か、呼び方もよく知らないくらい、私は聖書を学ぶための高等教育システムには疎いのだが、日に日にきちんと聖書を学びたいという思いが強まってきている。つまりキリスト教を教えてくれる学校に行きたい… 続きを読む »