不思議なミラー[Mysterious Mirror]
ヨハネによる福音書の17章を読んでいた。来週行われる予定の聖書研究会で学ぶ箇所に指定されているからだ。多い時でも6~7名ほどでしか行われない小さな勉強会だが、私としては会の大きさは全く関係ない。率いてくださる牧師先生が… 続きを読む »
ヨハネによる福音書の17章を読んでいた。来週行われる予定の聖書研究会で学ぶ箇所に指定されているからだ。多い時でも6~7名ほどでしか行われない小さな勉強会だが、私としては会の大きさは全く関係ない。率いてくださる牧師先生が… 続きを読む »
私の中でキリスト教に対しての疑問がまだたくさんある。もしキリスト教を知らない人から何かを質問をされるようなことがあったら、さぞ慌て、答えに窮することだろう。そんなことを想像していると不安でいっぱいになる。自分ではまだま… 続きを読む »
聖書を真剣に読み始めた頃、8、9年前の事になるが、その頃を思い起こすと本当に何も分かっていなかったと感じる。もちろん、「今では全てのことが分かっている」などと言うつもりは毛頭ない。言えない。これから勉強しなければならな… 続きを読む »
中学校くらいまでは意外にも数学が好きで得意だった。当時はまだ私を取り巻く世界はシンプルで、「答えが必ずある」という状況が当たり前だった。問題を解くこと自体が心地よかったのだと思う。 ところが高校に入るくらいになると、な… 続きを読む »
「福音」という言葉は人によって多少違ったニュアンスで捉えられていると思うのだが、その一つに「Good News」という捉え方があることを、私は恩師から教わった。「イエス様がこの世にお生まれになったことで、私たち人間が救… 続きを読む »
このブログを書き始めて、あと一月ほどで4年になる。ここまで続けることができたのは、ひとえに神さまのお支えがあったからに他ならない。こうして今日も書き続けられることが私には驚きであり、神さまの偉大さを痛感する所以の一つで… 続きを読む »
キリスト教を考えるとき、感じる力と想像力を働かせることは不可欠のように感じている。目に見えない神を信じるためには想像する力がまず必要だろう。それに一番新しくて2000年前の物語が、わざとかと思えるほど、読み解きにくい表… 続きを読む »
2016年の12月に聖書研究会を立ち上げてから、早7年半が過ぎようとしている。それまでは全くと言っていいほど聖書には近づかなかった。ミッションスクールの高校を卒業したので40年前に一応キリスト教や聖書には触れていたが、… 続きを読む »
聖書は読む人の数だけ解釈があって良いと思うし、私は基本的に間違った読み方というものはないと思っている。真摯に向き合えば、聖書は必ず応えてくれる。ただ、なるほど!と、胸にスッと落ちる解釈の仕方に触れることが何度もあって、… 続きを読む »
先日、尊敬する恩師と久しぶりに話をする機会に恵まれ、楽しみにしていた。その時の会話で痛感したことの話。私が当然だと思っていることが、対話する相手にとっては当たり前ではないことがある。どんなに仲が良い相手でもそういうこと… 続きを読む »