お節介者の罠[A Trap for Meddlesome Types]
「今私が何をしたら、神さまに喜んでもらえるだろう」と自分に問い続けることなのだろう。仕事ややるべき事、またやらなければならない事などがあって、時間を自分の思い通りに使うことができないのが当たり前のようになっている世の中… 続きを読む »
「今私が何をしたら、神さまに喜んでもらえるだろう」と自分に問い続けることなのだろう。仕事ややるべき事、またやらなければならない事などがあって、時間を自分の思い通りに使うことができないのが当たり前のようになっている世の中… 続きを読む »
忘れられない思い出というものがある。記憶から消し去りたいのだけれど、どうしても思い出されてしまうということもあれば、いつまでも鮮明に憶えていたいのに知らぬ間に意識から消えてしまっている場合もあるだろう。生きているという… 続きを読む »
何となく気分が落ちている日がある。それでもブログを書かなければと言うことで頑張ってコンピュータの前に座る。何について書こうかと考えていると、落ち込んでいるだけあってなかなかテーマを思いつかない。しばらく悩んでも埒が明か… 続きを読む »
自分がやっている仕事だとか、作った作品であるとか、何かしら自分のことを認めてもらいたいという願いは大抵の人の心にあるだろう。それがより多くの人の認めるところとなれば、なお嬉しいのではないだろうか。受け入れてもらえている… 続きを読む »
私は困っている人に寄り添えるような、弱っている人の助けになるような働きがしたいと思っている。それは何度もこの場で書いてきた。しかし未だに何もできてはいない。自分の生活を守ることに精いっぱいで、何の役に立つこともできてい… 続きを読む »
旧約聖書の物語の中で、イスラエルの民からもっとも尊敬され人気があったとされるダビデ王は、常に主なる神を崇め、御心に従って生きた人だった。そして律法を守り、40年にわたって民を平和に統治した。 しかしそんな語り継がれる偉… 続きを読む »
定年という年齢も近いし、充分な蓄えがあるわけでもないし、他にやりたいこともあるし、そんなこんなで焦る気持ちや心配は尽きないのだけれど、大切なのは「今与えられている場所で精いっぱい生きる」ということなのだろう。無意味なき… 続きを読む »
私はキリスト教の神さまに対する感覚というか、向き合い方が間違っているのかもしれないと思う。どこかで私は自分の力によって、「神さまに委ねる」という行いをしようとしている。つまり人生を、自分を中心に考えているのだ。クリスチ… 続きを読む »
願望、希望、欲望、呼び方は何でも構わないが、「こうなりたい」、或いは「こうして欲しい」という望みは誰にでもあると思う。時には苦しい時の神頼みで、少々身勝手な要求をしてしまうこともある。不躾とは分かっていても、ついつい神… 続きを読む »
聖書を真剣に読み始めた頃、8、9年前の事になるが、その頃を思い起こすと本当に何も分かっていなかったと感じる。もちろん、「今では全てのことが分かっている」などと言うつもりは毛頭ない。言えない。これから勉強しなければならな… 続きを読む »