炎の中のイエス様[Jesus in the Flames]
今日はキリスト教会の主日礼拝で、司会の大役を担った。信徒の中の4~5人で司会役を回すので、だから大体一カ月に一度は私の番になる。大役と言っても、そう思っているのは私だけのようで、他の人たちはそれほど重い責任は感じていな… 続きを読む »
今日はキリスト教会の主日礼拝で、司会の大役を担った。信徒の中の4~5人で司会役を回すので、だから大体一カ月に一度は私の番になる。大役と言っても、そう思っているのは私だけのようで、他の人たちはそれほど重い責任は感じていな… 続きを読む »
自分が罪人だという自覚が私にどれだけあるだろうか。教会などで私は、「私は罪人だ、罪人だ」などと謙ったように言って見せるけれど、果たしてどこまで本気で言っているのか甚だ疑問だ。私はちゃんと自分の罪を捉えているだろうか。 … 続きを読む »
伝道集会の案内チラシを一軒一軒配って歩こうとしたときに、配る側としては“押し売り”のつもりは毛頭ないにしても、訪問される側としては、約束も無しに突然自宅を訪問されれば警戒して当然だろう。忙しい最中であるなど、状況によっ… 続きを読む »
困難な出来事や問題に出くわしたとき、私の場合たいていは怖じ気づいてしまう。解決するためには努力や根気が必要だろうし、大変な目に合うことが多い。できる事ならそういった面倒は避けて、楽に生活していきたいと思う。そう思うのは… 続きを読む »
教会の兄弟姉妹たちと修養会を行うと言うことで、日帰りで郊外の温泉に行ってきた。現地集合の人たちを除いた10名が私の車ともう一台に乗り、2台で移動した。私は行ったことがない温泉だったので場所が分からず、もう一台の方に先導… 続きを読む »
ニーチェは一連のキリスト教批判の中で、「キリスト者はイエスによって救われたと言っているのに、みんながみんな深刻そうな顔をしている。本当にそうならもっと喜んで人生を楽しそうに過ごすべきなのではないか」という主旨の主張をし… 続きを読む »
御言葉によって基礎作られた岩の土台の上に家を建てる。そうすれば雨が降っても嵐が来ても揺らぐことはない。だからまずは基礎作りに専念するために聖書を読み、礼拝に参列する。今日の礼拝の説教では、そんな話が伝えられたと思う。 … 続きを読む »
何を書こうかというアイデアが全く浮かんでいなかったのに、PCの前に座った瞬間、カタカタと書き出している時がある。それまで結構悩んでいたことが嘘のように、執筆に集中できている。そんなに都合よく書き上げられる日が多いわけで… 続きを読む »
「神観」という言葉があると思うが、その意味の捉え方については人によって様々あるようだ。今日この場では、「神さまの捉え方」という意味で使わせてもらいたいと思う。私の気持ちを表現するために、他に良い言葉が見つけられないから… 続きを読む »
私は決しておしゃべりが得意な方ではない。黙っていろと言われれば、結構いつまででも黙っていられる。特に自分の事を話すのは苦手であるし、好きではない。自己紹介になるとやたらと長く話す人がいるが、よくそんなにしゃべることがあ… 続きを読む »