試練の向こう側[The other side of the ordeal]
一人で部屋に閉じこもり、聖書を読んだり、お祈りをしたりしている時間がとても好きだ。心が洗われていくような感じがする。悪の試みから距離を置くことができ、邪念に悩まされることがほとんどない。こういった時間の積み重ねが、神さ… 続きを読む »
一人で部屋に閉じこもり、聖書を読んだり、お祈りをしたりしている時間がとても好きだ。心が洗われていくような感じがする。悪の試みから距離を置くことができ、邪念に悩まされることがほとんどない。こういった時間の積み重ねが、神さ… 続きを読む »
私は自分のことを他人に話すのがあまり好きではなく、苦手だという自覚がある。何かに対しての意見を求められるのであればまた別だが、自分の事は嫌だ。だから複数の人に囲まれた中で、止まらないほどに自分のことばかりを話すことがで… 続きを読む »
小学4年生から野球を始めて、それはもう夢中になって取り組んだ。余計なことを考えずに、ただ楽しいと思えることに没頭した。当時の私から野球を取ったら何も残らなかっただろう。中学に入ってからも野球を続け、中学2年生くらいまで… 続きを読む »
私は若い頃から、自分で経験したことしか、胸を張って他人に言えないと思っていた。経験に勝るものはないと。だから大学へ行くというのはほとんど口実で、実際に首都で生活してみたかったから東京の大学へ行かせてもらったり、その後カ… 続きを読む »
お祈りをし、聖書を読み、お祈りの本を読む。一応このルーティーンを日々の日課にしようと目指している。こう言うと敬虔に信仰生活を送っているように聞こえるかもしれない。もちろん何もしないよりは遥かに良い。しかしふと思ったのは… 続きを読む »
「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。」(創世記1章31節) 私はキリスト教の神さまを信じている。信じるに至るまでにはかなり時間がかかったし… 続きを読む »
知り合いでも友達でも、或いは初めて会ったような人でも、私はそれぞれの人に対してイメージを持つ。家族であってもそうだろう。言葉は交わさずとも、その人が醸し出す雰囲気が何らかの印象を私に与える。年齢や性別、表情や所作、目つ… 続きを読む »
例えば右へ行くか左へ行くか迷うことがあった時に、私は神さまに聞いてみることにしている。ある程度大切な決断を迫られる時のこと。祈りの中でジッと神さまの声に耳を澄ませ、湧き上がってくる思いを受け止めようとする。しかし愚かな… 続きを読む »
私は確かに洗礼を受けてクリスチャンになった。神様を信じている。しかし常に自分の心と行いについて、「クリスチャンとして、これで良いのだろうか」と、問いただしている。信じてはいるが、神さまから「信仰」を授けられたのかどうか… 続きを読む »
残念なのだが、体力的に本当に無理が利かなくなってきた。完全な徹夜作業でもないのだけれど、一晩それに近いような働き方をすると、次の日以降に私自身が使いものにならなくなる。次の日はまだ気を張っている部分があるので何とかなっ… 続きを読む »