証拠の充実感[A sense of fulfillment as evidence]
私の頭の中で、これからの人生において「こうなりたい」とか、「あれをしたい」などという願いはあるけれど、それが成就するかどうかは神さまのご計画次第なのだと思う。そして、それで良いのだろう。自分の思い通りにならない未来に苛… 続きを読む »
私の頭の中で、これからの人生において「こうなりたい」とか、「あれをしたい」などという願いはあるけれど、それが成就するかどうかは神さまのご計画次第なのだと思う。そして、それで良いのだろう。自分の思い通りにならない未来に苛… 続きを読む »
どんなに頑張っても報われないことはよくある。最善を尽くしたとしても、その行いが周りから必ずしも好意的に受け入れられたり、良い評価を受けたりするとは限らない。私の場合は評価されない事の方が圧倒的に多いと感じている。確かに… 続きを読む »
聖書を読んでいると、やっぱり新約聖書の言葉の方が私の胸に響く場合が多い。2,000年も前に書かれてものとは言え、旧約に比べればずっと現代に近いわけで、だから言葉の表現が伝わりやすいのかもしれない。 新約聖書の主人公はイ… 続きを読む »
私の名前は、名字がクラスに2、3人もいるような非常に平凡なもので、下の名前の方がちょっとからかわれてしまうような特徴的な名前であり、生まれてから大学に入学する前まではずっと下の名前で呼ばれていた。家族や友達はもちろんの… 続きを読む »
定年という年齢も近いし、充分な蓄えがあるわけでもないし、他にやりたいこともあるし、そんなこんなで焦る気持ちや心配は尽きないのだけれど、大切なのは「今与えられている場所で精いっぱい生きる」ということなのだろう。無意味なき… 続きを読む »
私はキリスト教の神さまに対する感覚というか、向き合い方が間違っているのかもしれないと思う。どこかで私は自分の力によって、「神さまに委ねる」という行いをしようとしている。つまり人生を、自分を中心に考えているのだ。クリスチ… 続きを読む »
日本では、3月は年度末ということで、12月の年末とはまた違った意味で一年の大きな区切りになる。卒業や転職、転勤、退職、引退など、人生の節目を迎える人も多い。長い時間を共に過ごした仲間との、別れの時とも言えるだろう。 … 続きを読む »
自分としては、心を込めてやっているつもりでも、周りから認められないということがある。それが仕事であればなおさらで、失敗したり成果を出せなかったりすれば、認められないどころか責任を追及される場合もあり得る。どんなに心を傾… 続きを読む »
私はプロテスタントのクリスチャンで毎週日曜日に教会へ通い、礼拝を守っている。今日の礼拝では牧師先生がマタイによる福音書の一部を引用し、説教をした。その箇所は有名な物語で、イエスがガリラヤ湖の湖面を歩いて難破しそうな弟子… 続きを読む »
高校の時の同級生が亡くなったそうだ。昼間ゴルフをしていた最中に突然倒れ、そのまま逝ってしまったとの事。心筋梗塞を起こしてしまったらしい。住んでいる場所が離れているので、それほど頻繁に会っていたわけでも連絡を取り合ってい… 続きを読む »