根拠は信仰[The Basis is Faith]
ニーチェは一連のキリスト教批判の中で、「キリスト者はイエスによって救われたと言っているのに、みんながみんな深刻そうな顔をしている。本当にそうならもっと喜んで人生を楽しそうに過ごすべきなのではないか」という主旨の主張をし… 続きを読む »
ニーチェは一連のキリスト教批判の中で、「キリスト者はイエスによって救われたと言っているのに、みんながみんな深刻そうな顔をしている。本当にそうならもっと喜んで人生を楽しそうに過ごすべきなのではないか」という主旨の主張をし… 続きを読む »
「神観」という言葉があると思うが、その意味の捉え方については人によって様々あるようだ。今日この場では、「神さまの捉え方」という意味で使わせてもらいたいと思う。私の気持ちを表現するために、他に良い言葉が見つけられないから… 続きを読む »
あの人にできて、私にはできないことがある。でも反対に私にはできてあの人にはできないことがある。どちらが偉いのだろう。どちらの方が人の役に立っているだろう。私か、或いはあの人なのか。 主の御前で、人に優劣の差はない。一人… 続きを読む »
先日私の教会の牧師先生が、先生がかつて神学校に入った時にびっくりしたという話をしてくれた。それまで長年聖書を読み、教会に通うことで培ってきた考え方をいきなり否定されたそうだ。勉強の仕方についても、想像していた感じとあま… 続きを読む »
キリスト教に対する疑問や、聖書によく意味が分からない箇所が無数にある。そういうものについて、答えを知りたい。それぞれ答えは一つではないかもしれないし、その答えが私にはしっくりこない場合もあり得る。しかしとりあえず模範的… 続きを読む »
三たび走り出し、標高が高い山の中を走行していると、アッという間に天候が激変し、ほんの少し先さえ見通せないほどの濃霧にすっかり包まれてしまった。強い雨も降ってきた。恐かったのでスピードを落としたが、極端な低速運転をすれば… 続きを読む »
旅の二日目の朝はゆっくりと始まった。演奏会場にほど近いホテルに宿泊し、朝10時までに楽器を搬入すれば良かったので、普段の朝には考えられないほどゆっくり朝食を取り、新聞を読んで過ごすことができた。また以前からお祈りの一部… 続きを読む »
私は自分が書く文章に自信が持てない。ブログ上に残してある記事をたまに読み返してみると、余りにも稚拙な文章に赤面してしまうこともある。私にとってブログを書き続けるという事は、即ち能力の無さを自ら流出させているようなものだ… 続きを読む »
これ以上頑張りすぎると危ないなと感じることがある。具体的に、疲労感や睡魔が私の限界を教えてくれる。もちろん肉体的なこともあるけれど、集中力が続かなくなることが多い。集中力が無ければ何もできず、私という人間の要になる、重… 続きを読む »
何かしら心配事があって、そのことについて書けないでいると、他にテーマがなかなか浮かんでこず、毎日の執筆に苦しむことになる。書こうとすれば、必ず不安な心に向き合わなければならないので、それがキツい時もある。 2日、3日と… 続きを読む »