新しい「私らしさ」[A new “me”]
「自分を捨てる」ということは、主に自分の欲求を捨てるという事になるかと思う。無欲でいられることは私の望むところだが、それと同時に「自分の感情も捨てる」ということにもなるのだと考えている。怒りや悔しさ、嫉妬のなどの感情を… 続きを読む »
「自分を捨てる」ということは、主に自分の欲求を捨てるという事になるかと思う。無欲でいられることは私の望むところだが、それと同時に「自分の感情も捨てる」ということにもなるのだと考えている。怒りや悔しさ、嫉妬のなどの感情を… 続きを読む »
つい先日も書いたが、キリスト教には「証しをする」ということがあって、自分がどのようにして受洗するに至ったかという過程を話す機会がある。人によって様々な経緯を経てクリスチャンになって行くわけで、誰かと同じ理由で洗礼を受け… 続きを読む »
与えられているものや環境、健康などに本当に感謝できるようになってきた。それは単に年齢を重ねたことだけが理由とは思えない。聖書を読み、キリスト教の学びを深めてゆく中で、それまではあって当たり前のように思っていたことが、本… 続きを読む »
仕事でもボランティアでも何においても、一生懸命に頑張ったのに、人から分かってもらえない、自分の努力が伝わらないということが起きる。そんな時私は本当にやるせない気持ちになる。「こんなに頑張ったのに、どうして誰も分かってく… 続きを読む »
私は高校時代に親友と呼べる友人がいた。彼が私のことをどう思っているかは分からないので、まぁ、一方通行の友情かもしれないけれど、本当に尊敬できる人間だと今でも思っている。実際に優秀な彼は現在、一流と言われる大企業の重役で… 続きを読む »
大人になってから、泣くことがすっかりなくなった。小さな頃はよく泣いていたような記憶がある。泣きたくないから、早く大人になりたかった。泣き顔を見せるのは嫌だったし、幼心に屈辱を感じていた。自分の弱さが露呈するようで、本当… 続きを読む »
キリスト教の礼拝に参列している時には、必ずみんなで賛美歌を歌う場面がある。ほとんどの場合、その日にどの賛美歌を歌うかは牧師や統括者が決める。牧師が、参列者が歌いやすい曲を選んであげようと思うのは当然で、そうすると一定の… 続きを読む »
復活のイエスは、やはり私たちに永久の命を教えてくださったのだと思う。死後にも続く魂の存在を示してくださった。これによって私はある種の“安心”を授かる。死ぬことを恐れている私に、「肉体は滅びても、その続きがあるんだよ」と… 続きを読む »
私にしてみると、「神さまの導き」としか思えないような、自分の意志とは関係なく、或いは意志に反して、思わず取ってしまった行動というものがある。その中で最も代表的な行動は、私がキリスト教の洗礼を受け、プロテスタントのクリス… 続きを読む »
私は自分を本当にわがままな人間だと思う。本気でやる気にならない限り、何もやらない。勉強もしない。本も読まない。掃除も仕事もしない。必要に迫られて仕方なくやることはあったとしても、実際にはやらされているだけで、知識として… 続きを読む »