住む場所[Place to live]
今から約30年前、26~29歳くらいまでの2年半の間、カナダのトロントという街に住んでいた。トロントでの最初の住居は、カナダ人のご婦人が自分の家の使っていない2部屋を貸し出していて、その1室を借りた。大家と一緒に住むシ… 続きを読む »
今から約30年前、26~29歳くらいまでの2年半の間、カナダのトロントという街に住んでいた。トロントでの最初の住居は、カナダ人のご婦人が自分の家の使っていない2部屋を貸し出していて、その1室を借りた。大家と一緒に住むシ… 続きを読む »
他人から見ての私ではなく、私がどうありたいかを突き詰めていきたい。私はどうしても他人の視線が気になってしまう。これは今さらどうしようもない習性なのだろうか。私が何をしようともどうせ他人にはなれないのだから、他人が私を見… 続きを読む »
結局は、「平和を目指してもがき続ける」しかないのだと思う。 では、「平和」とは何だろう。私にとって平和とは、世界規模で人間同士が仲良く助け合いながら共に生きること。これに尽きる。それは人種や民族、性別や信じる宗教等々、… 続きを読む »
私が現代社会というか、デジタル社会に毒されていると言ってしまえばそうなのかもしれないが、今やみんなが生活をするに当たってスマホやPCを使うことは当たり前だと思っている。未だに携帯電話を持つことを固辞している恐竜みたいな… 続きを読む »
「心を開いて意見をぶつけ合って、切磋琢磨していくことが大切だ」と、私は常に言い続けているわけだが、実際にぶつけ合わせれば対立を招くこともしばしば起こるわけで、それほど簡単な作業ではない。ケンカになって遺恨が残るようでは… 続きを読む »
もし「ストレス」がなかったら私はどうなるんだろうと考えた。一口に「ストレス」と言っても、使い方によって良いものとしても悪いものとしても捉えられる。受ける印象も人それぞれだろう。例えば私の場合は多くの借金を背負ってしまっ… 続きを読む »
何かあった時に、ポジティブな方向で理解して自分の中に落とし込もうとする傾向が、特に最近強くなってきている気がする。いわゆる「物事を良い風に考える」ということ。すでに起こってしまった出来事について、検証ができるわけではな… 続きを読む »
私が卒業した高校は自由な校風が自慢の学校だった。良いか悪いかは別として、誤解を恐れずに言えば、生徒も先生も自由に好き勝手していた印象だ。私立高校ではあったが、一応は当時の文部省の指導要領に従わなければならなかったはずで… 続きを読む »
とにかく私は頭を剃り上げてスキンヘッドにしているわけで、それは髪型をどうこうするという選択の余地がないから仕方なくそうしている。つまり禿げているということだ。それは容姿に決定的な弱点があることを意味し、自信なんかは持ち… 続きを読む »
日本では欧米などと比べると、まだまだ裁判とか弁護士とかという文化が市民の生活レベルにまで浸透しているとは言い難い状況だと思う。欧米では、争いごとがあればすぐに弁護士などの第三者が介入して、解決を図ることが多いようだ。聞… 続きを読む »