苦手の向こう側(その2)[Beyond My Weakness (Part 2)]
伝道集会の案内チラシを一軒一軒配って歩こうとしたときに、配る側としては“押し売り”のつもりは毛頭ないにしても、訪問される側としては、約束も無しに突然自宅を訪問されれば警戒して当然だろう。忙しい最中であるなど、状況によっ… 続きを読む »
伝道集会の案内チラシを一軒一軒配って歩こうとしたときに、配る側としては“押し売り”のつもりは毛頭ないにしても、訪問される側としては、約束も無しに突然自宅を訪問されれば警戒して当然だろう。忙しい最中であるなど、状況によっ… 続きを読む »
困難な出来事や問題に出くわしたとき、私の場合たいていは怖じ気づいてしまう。解決するためには努力や根気が必要だろうし、大変な目に合うことが多い。できる事ならそういった面倒は避けて、楽に生活していきたいと思う。そう思うのは… 続きを読む »
私は決しておしゃべりが得意な方ではない。黙っていろと言われれば、結構いつまででも黙っていられる。特に自分の事を話すのは苦手であるし、好きではない。自己紹介になるとやたらと長く話す人がいるが、よくそんなにしゃべることがあ… 続きを読む »
嘘をつくでもなく、約束を破るわけでもなく、黙っているという手段がある。個人的な事情を誰にも打ち明けたくないという気持ちになることや、人に知られるとマズいという状況は誰にでもあり得る。個人情報を秘密にしておく権利は誰にで… 続きを読む »
先日、新しい礼拝堂を立て直した教会の献堂式へお邪魔した時の話。その日は土砂降りの雨で、集まった信者たちの足元は酷く汚れていた。礼拝堂の窓から美しい山が見通せるような大自然の中に建てられた環境がその日ばかりは仇になり、み… 続きを読む »
自分を戒めようとするとき、自分と闘う。怠惰な心や欲望に屈してしまう自分の弱さと相対する。主にある正しさを具現化できる者になりたい。それは、自分の力だけで実現を目指せるものでは無いけれど、主に委ねつつ、しかし自分の頑張り… 続きを読む »
居場所というものがあって、多くの人は家庭に居場所があるのだろう。父として母として、子供として、或いは祖父母として、望むと望まざるとに関わらず家庭内でその人の生活の立場が確立される。そこには自分を受け入れてくれている人た… 続きを読む »
私が通っている教会では、今週の日曜礼拝を「秋のオープンチャーチ」と称して伝道集会を行った。私の住んでいる地域ではちょっと有名な牧師先生をお招きし、キリスト教に馴染みのない人にも分かりやすい内容で説教をしてもらった。この… 続きを読む »
キリスト教を信じ、主に従って生きていこうとするに当たり、華やかな活躍は必要ないのではないか。何であれ、目の前にある仕事を実直にこなす。それは報酬があるとか無いとかに関わらず、主が私に与えてくださった仕事だ。たとえ誰一人… 続きを読む »
問題意識であるとか、自分に課された使命のようなものを考えるとき、人それぞれに関心を寄せる事柄には違いがある。例えば、日本にある米軍基地の70%が沖縄に集中している現状が、今ある最大の問題であると考える人もいれば、世界各… 続きを読む »