助け合いの欠落[Lack of Mutual Assistance]
心の闇を考える。私の心の中にある暗くて重い闇。小さな頃はそんなもの感じていなかったと思う。いつの間にかそこにあって、でもそういう訳の分からないものが心の中にあることを感じられたのは、ラッキーだったかもしれない。あると分… 続きを読む »
心の闇を考える。私の心の中にある暗くて重い闇。小さな頃はそんなもの感じていなかったと思う。いつの間にかそこにあって、でもそういう訳の分からないものが心の中にあることを感じられたのは、ラッキーだったかもしれない。あると分… 続きを読む »
私の思うことや考えていること、また経験してきたことが他の人たちにも通じるとは限らない。「私がこう思うから、あの人たちもきっと同じように考えている」と思い込むことには無理がある。 時には政治家のように、そういった強引な手… 続きを読む »
「信頼」と「信用」ということについて考えてみたい。辞書によると、信頼は「信じて頼ること」、信用は「信じて用いること」とある。微妙な違いで掴みにくい。他にも、信頼は主観的にその人を信じられると思った時に使い、信用はその人… 続きを読む »
私は何を一番恐れているだろうか。いろいろ考えてみた。結論から言うと、コントロールが効かない自分の動物的な部分だと思う。つまり私は本当の私自身が恐い。何をしでかすか分からないし、自分に全然自信がない。 クリスチャンになっ… 続きを読む »
洗礼を受けてクリスチャンになったけれど、私の心の奥底で、まだ神さまに従い切れていない自分の存在を感じる。まだ自分の欲望が神さまよりも優先されている感じがする。正体が分からないその“存在”を、私は「心の闇」と呼んで恐れて… 続きを読む »
「神さまのために生きる」と言う人がいるが、私にはちょっとその言い方には違和感がある。神さまとイエス様を愛し、その御心に沿えるような生き方ができれば良いとは思う。しかしやはり私は自分のために生きるのだと思う。それに、神さ… 続きを読む »
いつもなるべく穏やかな気持ちをキープしていたいし、必要に応じて精神をスッと集中できるような状態にしておきたい。でもやっぱり生きていればいろいろあって、自分の行いの結果だけではなく他人の影響も受けるし、いつも落ち着いた平… 続きを読む »
私は自分が恐い。本当の私は、私の力ではコントロール出来ない暴れ者だ。いつ何時怒りの発作が始まるか自分でも分からない。或いは物事を悪い方悪い方へ考えてしまう悪い癖を持つ私が、不意に暗闇の深みに落ち込んでしまうこともある。… 続きを読む »
「自尊心」と聞くと、どちらかと言えば良い印象がある言葉に聞こえるが、私は良くも悪くも自尊心が強いのだと思う。強すぎると言ってもいいかもしれない。辞書を引いてみると、自尊心とは「自分をえらいものだと思う気持ち。また、自分… 続きを読む »
理性で自分をコントロールできている時は、何も問題はないのだと思う。理性が働けば、私は勤勉でいられるし、優しい良い人でいられる。でも本当の私は、理性の制御が及ばない、怠惰で臆病でわがままでズルい私だ。この本当の私と向き合… 続きを読む »