特別vs唯一[Special vs. Unique]
「自分らしさ」とは何だろうと長い間考えている。他人とは違う私だけの姿勢と言うか、生き方と言うか。でもそれは今考えてみると、私の理想の姿だったような気がする。私がなりたい自分。できそうにないことができてしまう、ちょっとな… 続きを読む »
「自分らしさ」とは何だろうと長い間考えている。他人とは違う私だけの姿勢と言うか、生き方と言うか。でもそれは今考えてみると、私の理想の姿だったような気がする。私がなりたい自分。できそうにないことができてしまう、ちょっとな… 続きを読む »
ボランティア活動を始めて、研修期間を含めると3年半ほどになる。ある団体に所属し、その一員としての活動になるので、勝手なことはできない。そこの方針に従いながら私という“個”を出さずに、助けを必要としている人に手を差し伸べ… 続きを読む »
お祈りをしているときや聖書を読んでいるときの私は、それ以外のことをしているときの私とは違う。別人とまでは言わないが、お祈りをし終わった瞬間に「よし!今日も頑張るぞ!」などと言って、悪い意味ですぐに神さまを忘れてしまう。… 続きを読む »
私は知識も教養も足りなければ、肝心なキリスト教に対する理解も浅い。こんな状態では「クリスチャンです」などと他人に言う事が恥ずかしい。もっと勉強しなければならないし、何よりももっと聖書を繰り返し読まなければと思っている。… 続きを読む »
知り合いでも友達でも、或いは初めて会ったような人でも、私はそれぞれの人に対してイメージを持つ。家族であってもそうだろう。言葉は交わさずとも、その人が醸し出す雰囲気が何らかの印象を私に与える。年齢や性別、表情や所作、目つ… 続きを読む »
他人に対して悪口を言いたくないし、憎んだり見下したりする気持ちを抱くこと自体、もうやめたい。それはキリスト教の主にあって罪を犯すことだと思うし、心の中だけだったとしても、私に他人をそんな風に虐げられる資格はない。否、誰… 続きを読む »
「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(マタイによる福音書7章13-14節) 聖書の正… 続きを読む »
人と人との交流の厚みみたいなものが薄くなってきているように感じる。私が幼い頃と比べれば、それは歴然としている。昔は隣近所と良くも悪くももっと距離が近く、盛んに交流していた。そしていわゆる“ご近所の評判”が悪くならないよ… 続きを読む »
お盆の頃になると旅行や里帰りに出かけるなどして、非日常的な時間を過ごす人が多くなることと思う。私はクリスチャンであるが、キリスト教関係でもキャンプや修養会などが企画され、いつもとは違う場所で、普段はなかなか会えない人や… 続きを読む »
「仕事」。辞書を引いてみると「する事、しなければならない事。生計を立てるために従事する職業」と記載されている。辞書によって書き方に違いがあるようだが、基本的には「お金を稼ぐための労働」となるだろうか。お金を儲けようとす… 続きを読む »